"26年尽くした家を出る私を、車椅子の娘は無表情で見送った" 第16話
私の方を振り返ることはなかった。 けれど、その背は、あの実の玄関で見たよりも、ずっときく、確かに見えた。
私は礼し、部をた。
へると、の空がみ始めていた。 たい朝のが、照った頬をよくましてくれる。
胸の奥にあったたい鎖が、音をてて砕け散っていた。 娘を救ったのではない。 私が、娘によって救われたのだ。
母親という呪縛から。 誰かに必とされなければきていけないという、惨めない込みから。
私はきく息を吸い込み、澄み渡る朝空を見げながら、自分のアパートへと歩きした。
それから、半が過ぎた。
季節は初へと移り変わり、の青葉が眩しい差しを浴びていた。
元夫との婚調は、完全に成した。 元夫は最まで「彩を育てたのは俺だ」「勝にてった妻に財産分与の権利はない」と見苦しくゴネ続けたが、庭裁判所の調委員は徹だった。 の婚姻期に形成された共財産は、法律の規定通りにきっちり半分に分割された。
元夫の座から、私のしい通帳へ、財産分与としての数百万円が振り込まれた。 私は駅ののベンチで、その印字をじっと見つめた。 持ちになれたわけではない。 けれど、これからの私が、自分の志で、自分のできていくための、分な盾だった。
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方の宮本は、完全に崩壊していた。
調の席で調委員から聞いた話では、元夫は毎のように域包括支援センターに鳴り込んでいるらしい。 介護2の義母の介護をで抱え込み、所の目を気にして施設にも預けられず、仕事を退してはデイサービスの送迎に追われ、のは荒れ放題。 かつて私にすべてを丸投げしていたツケを、今、自分のと体をすり潰しながら支払わされていた。
だが、私のには、復讐のすら湧かなかった。 ただ、い過の、埃をかぶった来事のようにえるだけだった。
私は現、実のくにあるさな法律事務所で、パートの事務員として働き始めている。 類のファイリングや話対応。 若い頃に取ったきり使っていなかったワープロ検定の資格が、歳になってようやく役にった。 自分で稼いだ料で、好きな本を買い、好きな茶をむ。 そんな当たりの毎が、たまらなくおしかった。
の終わりの曜。
私のスマホに、彩から件のメッセージが届いた。
『今、芽ちゃんと緒にしいアパートでご飯作ることになったの。お母さん、夜空いてる?』
胸の奥が、トクンとさくねた。
期試を無事に終えた彩は、区営のバリアフリーアパートの抽選に当選し、先から林芽さんとルームシェアを始めている。
政の度訪問介護サービスを適切に組みわせ、は宅でウェブデザインのアシスタント業務を請け負いながら、自活のを歩み始めていた。
引っ越しの連絡をもらって以来、私から連絡を入れることは控えていた。 私がけば、また無識にあれこれとをしてしまうのではないかという恐れがあったからだ。
私はすぐに返信を打った。
『空いているわ。何頃にけばいい?』
『半。ぶらで来てね』
夕暮れ、私は指定された駅のしい公営アパートのにっていた。
敷内は完全なフラット設計で、緩やかなスロープがエントランスへと続いている。 階の角部。 チャイムを押すと、からバタバタと賑やかな音と、輪の転がる音が聞こえてきた。
ガチャリ、とドアがく。
「いらっしゃい、お母さん!」
エプロン姿の彩が、満面の笑みで迎えてくれた。 ろからは、フライ返しを持った林芽さんが顔をし、「宮本さん、こんばんは!」と活にをげた。
玄関は広く、段差はミリもない。 子が台並んでも余裕のある空に、靴がきちんと頓されていた。
「お邪魔します……」
靴を脱いでがると、部にばしいスパイスと、甘い玉ねぎの匂いがち込めていた。
リビングのキッチンカウンターは、子に座ったままでも作業ができるように、通常よりもセンチ以く設計されていた。