"26年尽くした家を出る私を、車椅子の娘は無表情で見送った" 第15話
私のから、声がていた。
元夫ではない。 『宮本さん』と、の名字で呼びかけた。
元夫が苛たしげに振り返る。
「あ? なんだ真理子、おからもこのバカ娘に言ってやれ――」
私は元夫のに歩みた。 歩も引かず、その濁った目を真っ向から見据えた。
「助けを求めることと、あなたの言いなりになることは、まったく別の話です」
静まり返った部に、私の澄んだ声が響いた。
「……あ?」
「彩は、転んだから助けを呼んだんです。緊急通報ボタンを押して、適切にを呼べた。それは自のための訓練として、百点満点のじゃないですか」
「何言ってんだ! でてねえんだぞ!」
「てないから子に乗っているんでしょう!」
私の声が、部の空気を震わせた。
元夫が気圧されて、わず半歩退りする。
「で全部できることが自ではありません。自分にできないことを正しく把握して、必な支援を専に頼むことができる。それが、この子が今、必ににつけようとしている自です!」
私は元夫の胸元を指差した。
「活費を銭もさない? どうぞご勝に。この子には障害基礎があります。りない分は、法な養育費の分担請求を調で申してます。あなたが拒否しても、与の差し押さえができる代です。らなかったのですか?」
元夫の顔が、りと狼狽で赤黒く染まっていく。
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「お……母親のくせに、娘をこんな危険な目に遭わせて平気なのかよ! 連れて帰るのが親の役目だろ!」
「親の役目?」
私は自嘲するように、く息を吐いた。
「親の役目を盾にして、この子のの鍵を奪ってきたのは……私と、あなたです。でも、私はもうやめました」
私は元夫から線をし、フローリングのに座り込む娘のに、静かに歩み寄った。
膝をつき、彩の目線と同じさまで体をろす。
彩は、怯えたような、信じられないものを見るような瞳で私を見つめていた。 はまだ刻みに震えている。
私は、抱きしめようとはしなかった。 を伸ばして、その細い体を抱き起こそうともしなかった。 ただ、自分の両を膝のにきちんと揃えて置いた。
「彩」
「……お母さん」
「怖かったわね」
私の言葉に、彩の瞳が揺れた。
「痛くなかった? 寒かったでしょう」
「……うん」
「でもね、あなたが自分でボタンを押して、を呼んだのは、本当に派だったとうわ」
彩の目から、たな涙がこぼれ落ちた。 今度は、りでも絶望でもない、解きほぐされるような涙だった。
彩は震える唇をき、私に問いかけた。 の記憶が、その瞳の奥で揺れていた。
「お母さん……」
「何?」
「今回は……本当に、私の申請を取りげない?」
喉の奥が、ツンと痛くなった。 かつて私が犯した、取り返しのつかない罪。 その傷跡が、今もこの子の胸にく刻まれている。
私は彩の瞳から度も目を逸らさず、はっきりと首を横に振った。
「取りげないわ」
「……本当に?」
「ええ。あなたが『もう嫌だ、に帰りたい』って自分ので言うまでは、私は絶対にをさない。……あなたが自分で決めなさい」
彩の唇が、さく震えた。 そして、の甲で乱暴に涙を拭うと、斜めに倒れていた子のハンドリムに、自分の力でを伸ばした。
「……坂井さん」
彩が、ケースワーカーを呼んだ。
「はい」
「スライディングボードの滑り止めの位置を、もう度確認したいです。あと、ベッドのさをあとセンチげてください。もう回、移乗の練習をします」
坂井さんの顔に、力い笑みが広がった。
「分かりました。すぐに調しましょう」
部の隅で、元夫がち尽くしていた。 誰も自分を必としていない。 自分の鳴り声も、脅迫も、もうこの部の誰としてかすことができない。
「……チッ、勝にしろ! 野垂れんでもらねえからな!」
吐き捨てるように言い残し、元夫は乱暴な音をてて部をてった。 バタン、といドアが閉まる音が、朝の静寂に響き渡った。
私はちがり、コートの襟を正した。
「坂井さん、あとはよろしくお願いします」
「宮本さん、もうかれるのですか?」
坂井さんが驚いたように尋ねた。
「はい。私はもう、部者ですから」
私は彩に向き直った。
彩はベッドの端にをかけ、真剣な表でポジションをえていた。