"26年尽くした家を出る私を、車椅子の娘は無表情で見送った" 第12話
元夫は靴を履いたまま玄関框にがり込み、奥の部を指差して喚き散らした。
「見ろ! お袋が朝から腰が痛いって喚いて、オムツから漏れた汚物でシーツまで汚してんだぞ! 俺はこれから取引先との事なコンペがあるんだよ! これを逃したら仕事に響くんだ!」
背筋が、すっとたくなった。 取引先のコンペ。 自分の遊びと面目のために、娘ののの朝に、汚物処理を押し付けようとしている。
奥のから、義母の々しく、しかし芝居がかった泣き声が響いてくる。
『彩ちゃん……かないでぇ……。ばあちゃんを置いていく気かい……? 痛いよぉ、誰か背をさすっておくれよぉ……』
「聞いたか!」
元夫が子の彩のにちはだかり、見ろすように威圧した。
「お、の自だの暮らしだの偉そうなこと言ってたよな? だったら族が困ってるに助けるのが、の責任ってもんじゃないのか? まずはお袋のオムツを替えて、体を拭いて、シーツを洗濯に放り込め! 病院の送迎予約も入れろ!」
玄関の暗がりので、彩が子に座っているのが見えた。 膝のには、着替えが詰まったさなボストンバッグ。 彩の両は、アームサポートをくなるほどく握りしめられていた。
「……断る」
彩の声は、震えていなかった。 く、をうようなたさだった。
広告
「何だと?」
「おばあちゃんの介護は、お父さんの仕事でしょ。どうしても無理なら、域包括支援センターに話して、緊急のショートステイか訪問介護を頼んで」
「おな、介護保険のヘルパーが今今すぐんでくるわけねえだろ! に頼んだらがかかるんだよ! おがここにいればタダで済むんだ! ちょっとを貸すだけだろ!」
タダで済む。 その言葉が、元夫の本音をこれ以ないほど残酷に吐きしていた。
あの男にとって、族とは何なのか。 妻も、娘も、自分のとを守るための「無料の労働力」でしかなかったのだ。
「私はきます」
彩がハンドリムにをかけ、玄関のへもうとした。 その瞬、元夫の顔がりで真っ赤に染まった。
「待てって言ってるのが聞こえねえのか、この役たずが!」
元夫はにびりると、玄関の壁にあるコンセントへを伸ばした。 そこには、彩が試先へ持っていくために充していた、アシスト子のバッテリーコードが刺さっていた。
ブチッ、と嫌な音がして、元夫はプラグを力任せに引き抜いた。
「あっ……!」
「親の言うことが聞けねえなら、子なんか使わせねえぞ! もかねえくせに調子に乗るな! 誰ので今まできてこられたとってんだ!」
引き抜かれたコードが、濡れたコンクリートの叩きのに無残に垂れがる。
元夫はバッテリーをで蹴りつけるようにして、彩のくを塞いだ。
私は傘を取り落としそうになり、柱のからびしそうになった。 許せない。 あの男の横面を、今すぐ張り倒してやりたかった。
だが。
びそうとした私のは、そので縫い付けられたように止まった。
彩は、泣いていなかった。 取り乱すことも、夫にすがりつくこともなかった。
ただ、静かに、ポケットからスマートフォンを取りした。 画面を数回タップし、に当てる。
「もしもし、民救急の福祉タクシーさんですか。……はい、予約していた宮本です。今、のまで来ていただけますか? そのまま乗りますので、リフトをしてください」
通話を切ると、彩は元夫を見げた。 その瞳は、凍りついた刃物のように鋭く、切のを削ぎ落としていた。
「おい……てめえ、何勝にタクシー呼んでんだ! は誰が払うんだよ!」
元夫が狼狽えて叫ぶ。 その、の角から、型のスロープ付き福祉タクシーがゆっくりと姿を現し、宮本の玄関に滑り込んできた。
運転席から、制を着た柄なドライバーがりてくる。 所の目が集まり始めたことに気づいた元夫は、あからさまに揺し、声を潜めた。 所への体裁だけは、何よりも気にする男だ。
「おい、彩、やめろ……所の奴らが見てるだろ」
元夫はポケットから、プラスチックのいカードを何枚か引っ張りし、彩の膝のへ無理やり押し付けようとした。