"「お父さんの同僚ですか?」と、夫の娘は微笑んだ" 第8話
理恵たちとはもう度と会わない。退職だって、全部おに渡すから……」
修は私の元に膝をつき、けない声で懇願し始めた。
、会社で部を鳴りつけ、庭では「俺が養ってやっている」という無言の傲さを漂わせていた男が、今や自分の保のためだけに、恥も聞もなく擦り寄ってきている。その浅ましさに、りを通り越して乾いた寒気すら覚えた。
「やり直す?」
私は歩退りし、夫のが私のスカートに触れるのを避けた。
「の半分以を別の庭に注ぎ込んできたと、どうやってやり直すの? 私がからあなたの顔を見るたびに、静岡で笑っていたあなたの顔をいさないとでもっているの?」
「美紀……!」
「今夜は別の部で寝てください。顔も見たくないわ」
私は寝へ入り、内側から鍵をかけた。
ドアの向こうで夫が何かを呟く声が聞こえたが、やがて諦めたように音がざかっていった。
きりになった寝で、私はベッドの端に腰をろした。
部のかりを消すと、灯の暗いがカーテンの隙から差し込んできた。
涙はなかった。
泣くには、失われたがすぎたのだ。。私が夫の健康を案じ、張の無事を祈り、きりの卓で質素な夕飯をべていたあの夜のすべてが、この男の嘘によって汚されていた。
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だが、ただ絶望に沈んでいる暇はなかった。
夫は狡猾だ。今は取り乱して命乞いをしているが、夜がけて理性が戻れば、必ず自分に利な逃げを模索し始める。退職の保全、マンションの売却、財産の隠蔽。、商社で契約や数字を扱ってきた男だ。自分の取り分をしでもく残すために、あらゆるを打ってくるに違いない。
私はベッドから起きがり、デスクの引きしから、古い通帳と権利関係の類を引っ張りした。
スマートフォンの画面をちげ、夜の静寂ので検索を始める。
「定退職 婚 財産分与」
「婚姻期の退職 分割割」
「夫の隠し子 貞為 慰謝料請求」
画面に並ぶ無質な法律用語を、私はつつ、網膜に焼き付けるようにスクロールしていった。
退職は、婚姻期に築かれた共財産とみなされる。の婚姻関係があれば、その半は財産分与の対象になるはずだ。そして、このマンションの所権も、夫ので勝に売却することは法にできない。
翌朝、私は夫が起きてくるの朝にをた。
修がリビングのソファで毛布にくるまってのように眠っている横を、音をてずに通り過ぎる。
向かったのは、駅のだった。
のATMコーナーに並び、がの共座の残を確認する。
活費が入っている普通預と、夫が管理していた定期預。定期預の通帳は夫が持っているが、普通預のカードは私が管理していた。
残は、約百万円。
夫の退職が振り込まれる予定のメイン座は、夫個の名義だった。まだ退職自体は入されていないが、来週には夫の座に数千万円が振り込まれるはずになっている。
を回ると同に、私は駅の法律事務所の板を掲げたビルへと向かった。
事に調べておいた、婚や男女問題、財産トラブルを専に扱う弁護士事務所だ。予約はしていなかったが、受付で「緊急の相談です」と告げると、初老の穏やかな男性弁護士が面談に通してくれた。
「なるほど……の婚姻期があり、にわたって別の女性と婚な内縁関係を維持し、認したお子さんがいた、と」
弁護士の杉先は、私がにまとめたメモに目を通しながら、静かに鏡のブリッジを押しげた。
「奥様、変なショックを受けられたこととお察しします」
「ショックを受けているは、もう過ぎました」
私は背筋を伸ばし、デスク越しに弁護士を見つめた。
「私がりたいのは、法に私が何を確保できるかです。主は退職をにし、このマンションを勝に処分して、相の女性の元へ移する計画をてていました。
昨夜の発覚でその計画は狂いましたが、彼が財産を隠したり、勝に処分したりするのを防ぎたいのです」