みかん小説
本棚

"「お父さんの同僚ですか?」と、夫の娘は微笑んだ" 第3話

奈緒さんの目から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。 「ママは……ママは以、パパを信じて待ってたんだよ! 籍は入れないって言ったのだって、ママがの結婚で傷ついてたからで、パパが独だって言ったから緒にいたんじゃない! 私、ママに話する!」

「やめろ、奈緒!」 修がびかかろうとした。私はそのに割り込み、夫の胸元を両でく押し返した。歳になり、し肉の落ちた夫の体は、いのほか簡単にぐらついた。 「やめなさい、修さん」 私の静かな剣幕に、夫は怯んだようにを止めた。

「奈緒さん」 私は振り返り、泣きじゃくる若い女性の目を見つめた。 「お母さんに話しなさい。スピーカーにして」

「美紀! 正気か!?」 修が鳴のような声をげたが、私は彼を瞥もしなかった。

奈緒さんは震える指でスマートフォンの画面をタップし、に当てた。数回の呼びし音の、く落ち着いた、しかしどこか常の疲れを滲ませた女性の声が響いた。 『もしもし、奈緒? どうしたの、もうお祝い渡せた? 今、お鍋のを止めたところよ。修さん、何頃の幹線に乗れそう?』

その声を聞いた瞬、私の胸の奥で、何かが決定に崩れ落ちた。 川理恵。 夫が、私に隠れてし、守り、活を共にしていた女性。彼女は今夜、の勤めを終えた「夫」

広告

の帰りを、夕飯を用して待っているのだ。今、この京の会で私が夫の胸にを挿したのと同じように、彼女もまた、自分たちのに帰ってくる男を祝うつもりでいたのだ。

「ママ……」 奈緒さんの声は、涙で完全に潰れていた。 『奈緒? どうしたの、泣いてるの? 何かあったの!?』

「ママ、落ち着いて聞いて……」 奈緒さんは、必に息を吸い込んだ。 「パパの定祝いに来たの。でも……パパには、からずっと緒にいる、本当の奥さんがいたよ」

話の向こうが、完全に凍りついた。 荒い息遣いだけがスピーカー越しに聞こえてくる。い、息の詰まるような沈黙のあと、震える声が返ってきた。 『……奈緒、あなた、何を言ってるの? 修さんは……昔、婚したって……』

「嘘だったの」 奈緒さんは泣き叫ぶように言った。 「パパはずっと婚してなかった。今、その奥さんが目のにいるの!」

『……修さんを、しなさい』 理恵と名乗る女性の声は、先ほどとは打って変わって、氷のようにくなっていた。 『修さん! そこにいるんでしょう!? なさい!』

修はを抱え、控のソファに崩れ落ちた。もはや弁解の言葉すらてこないようだった。 私は奈緒さんのから、静かにスマートフォンを受け取った。

「初めまして、川理恵さん」 私の声は、驚くほど静だった。 「藤原美紀と申します。修の、戸籍の妻です」

受話器の向こうで、理恵さんが息を呑む音がはっきりと聞こえた。 『……あなたが、奥様……?』

「ええ。私も今、この会で初めて、あなたと奈緒さんのをりました。主は、私たちにまったく同じ嘘をつき続けていたようです」 私はソファでさく丸まっている夫を瞥した。 「話では埒がきません。今からこちらへ来られますか? それとも、私たちがそちらへ伺いましょうか」

理恵さんはしばらく沈黙していたが、やがて絞りすような声で答えた。 『……今すぐ、幹線に乗ります。そちらのホテルの所を教えてください』

「わかりました。ホテルのロビーで待っています」

通話を切ると、私はスマートフォンを奈緒さんに返した。奈緒さんは受け取った画面を見つめたまま、声を殺して肩を震わせていた。 の結婚活の結末が、こんなホテルの殺景な控で、見らぬの娘と共に迎える修羅になるとは、今朝の私はにもっていなかった。

だが、私のを満たしていたのは、激しいりでも、取り乱すようなでもなかった。 ただ、恐ろしいほど澄み渡った徹なが、胸の底から湧きがっていた。

夫はこの半、私に執拗に勧めていたのだ。 「定は今のマンションを売って、方の物価のい町へ引っ越そう」 「美紀はもうパートを辞めていい。

これからはのと退職で、のんびり暮らそう」 そう言って、自分のスーツや本、の回りの荷物をしずつ「実の理」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: