"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第26話
俺も見つけられなかった。どころか、見なかったんだからな」
笹本はさらに歩、川の先へと踏み込んだ。
「あんたの会社のやり方を、から全否定する気はねえよ。スピードが必な客だっているだろうさ。だがな……あんたが『使えない』と吐き捨てて追いした備士が、あんたの会社が『直せない』と匙を投げたを、今、ここでかして見せたんですよ」
川は唇を震わせ、何かを言い返そうとしたが、その喉からはかすれた呼気しか漏れてこなかった。
その、榊原善夫が静かに歩みて、ジャケットの内ポケットから黒革の名刺入れを取りした。
「……榊原善夫と申します」
老は枚のい名刺を抜き取ると、川の胸元へと差しした。
川は反射にそれを受け取り、そこに印刷されていた社名と肩きに目を落とした。
その瞬――川の瞳が、恐怖で見かれ、指先がガタガタと震え始めた。
「自に、ほど特殊鍛造部品を納入しておりました」榊原は淡々と言った。「今は会職も退きましたが、名誉顧問として名だけは残っております。……おたくの親会社が作っている最のハイブリッドエンジンのクランクシャフトも、が社の特許技術が使われているはずですがね」
川の顔から、完全に血の気が失せ、気へと変わっていった。
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「め……滅相もございません! まさか、榊原会でいらっしゃったとは……らなかったとはいえ、変な無礼を……!」
「いいえ」榊原はややかに首を横に振った。「らなくて当然です。それに、私はあなたや、あなたの会社を個に責めるつもりはありません」
老は、暁の濃紺のボンネットへと優しい線を向けた。
「台のにという境界線を引くのは、企業経営としては極めて理で、正しい判断なのでしょう。そうしなければ、何千もの社員を養っていくことはできない。あなたの判断は、企業のサラリーマンとしては何ひとつ違っていません」
川は脂汗を垂らしながら、々とをげ続けた。
「……ただね」榊原はそこで言葉を切り、川の目を射すくめた。「その『正しさ』は、私のをかけても直すことができなかった。……『正しいこと』と、『直せること』は、全く別の次元の話なのだということを、私はこの歳になって、この若い備士さんに教わりましたよ」
川はもはや、言も発することができなかった。
元に残された反論のカードは、すべて燼に帰していた。
やがて川は、震えるで名刺をポケットにしまい込むと、田の方へとぎこちなく向き直った。
何かを言おうとしてを半きにしたが、結局、言葉にはならなかった。その線が、田の元に置かれた、あの角の丸くすり減った、塗装の剥げ落ちた鉄の具箱へと、瞬だけ落ちた。
「……」
沈黙を破ったのは、田の方だった。
声を張りげたわけではない。しかし、あのの朝、ので丸まっていたのみすぼらしさは、そこには微もしなかった。
「……私は、今も備士です」
川は何も答えられなかった。
ただ、喉の奥から「失礼しました」とい言を絞りすと、逃げるようにライトバンへと乗り込み、輪を激しくスリップさせながら、夕の迫る坂へとりっていった。
赤いテールランプのがのへと消え失せると、け放たれたの入りから、夜のの青臭い匂いが、たいとともに流れ込んできた。
事務所に戻った笹本は、製デスクので、領収の用をにしてペンを止めていた。
額を、どうき込むべきか分からなかったのだ。
作業数、。材料費として使った真鍮の丸棒は、実費で数千円。
もし、正規のディーラーのように賃で計算すれば、数万円という途方もない額になってしまう。しかし、田が費やしたの割以は、鉄を削ったりボルトを締めたりしていたではなかったのだ。
を眺め、を澄まし、匂いを嗅ぎ、対話を続けていた――その「見ていた」に、体どのようにして値段をつければいいのか、笹本には見当もつかなかった。
「……値段は、そちらで決めてください」
事務所の入りの敷居をまたぎながら、榊原が穏やかな声で言った。