"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第16話
「私が悪かったんです。当は会社が急成していた期で、私は連連夜仕事にかまけ、庭のことや子育ての苦労をすべて妻に押し付けて、それを当たりだといがっていた。……あの晩、普段は愚痴ひとつ言わなかった妻が、珍しく声を荒らげて私を責めました。私はそれに逆し、着だけをひっつかんで、こののキーを握りしめてをびしたんです」
コップのの茶の表面が、微かに震えてさな波紋を描いた。
「に血がったまま、アクセルを踏み込みました。自宅くの峠に差し掛かった、面がブラックアイスバーンで完全に凍結していたんです。コントロールを失い……のコンクリートの欄干に、のフロントから真っ逆さまに激突しました」
榊原はそこで度言葉を切り、く息を吸い込んだ。事務所のの空気から、切の活音が消えったようだった。
「エアバッグなどない代です。ですが、幸いにも私はかすり傷ひとつ負いませんでした。運が良かった。……だが、は無惨でした。もろもひしゃげ、フレームはくの字に曲がってしまっていた」
「……奥さんは?」笹本がわずを挟んだ。
その問いに、榊原は寂しげに、ひどく静かな笑みを元に浮かべた。
「……言も、私を責めませんでした」
その言を聞いた瞬、笹本の喉の奥がキュッと締め付けられた。
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「夜に警察から連絡を受け、病院に駆けつけてくれた妻は、無傷の私の顔を見るなり、そのにへたり込んで泣き崩れました。『きていてくれてよかった』と……ただそれだけを言って、私を責める言葉は言もにしませんでした。そして……翌朝から、台所の流し台の隅に空き瓶をつ置いて、そこへ銭を入れ始めたんです。『このを直すための修理代を、で貯めましょう』と言ってね」
榊原はコップにをつけ、めかけた番茶をすすった。茶葉の渋みだけが際つい茶のはずだったが、老はそれを、の苦を噛み締めるようにゆっくりと喉の奥へ流し込んだ。
「当のが社には、本当にがありませんでした。元の資はすべての設備投資と部の料に回さねばならず、を正規のフレーム修正にすような余裕などどこにもなかった。それでも……私は妻のいが詰まったこのを放すことだけはできなかった。馴染みの板にをげて、なけなしので、『とにかく真っ直ぐれるだけの形にしてくれ』と頼み込んだんです」
いつのにか、田が事務所の引き戸の枠に寄りかかり、静かに榊原の横顔を見つめていた。
「あれから、このは何事もなくり続けました。妻を助席に乗せて、週末のたびに全国を旅しました。
……、妻の体に病が見つかり、入院するそのまで、私が毎週欠かさずエンジンを回してメンテナンスを続けていたんです」
榊原の線が、再び机ののコップへと落ちた。
「、妻は息を引き取りました。……葬儀が終わり、を過ぎた頃、ふとったんです。妻が何よりもしてくれた、あの助席で楽しそうに聴いていたこのの排気音を、もう度だけ聴きたい。妻の遺骨を助席に乗せて、で最初にったあの辺のを、もう度だけりたいと。……ただ、それだけの理由でした」
老は乾いた唇を震わせ、苦笑いを浮かべた。
「そのからです。このが、あちこちの備を渡り歩くことになったのは。妻の遺品を理して面したをすべて注ぎ込みました。エンジンをバラし、品のキャブレターを奢り、点系をしました。を惜しむつもりなど微もありませんでした。……だが、を入れれば入れるほど、部品を品に換えれば換えるほど、は眠ったようにかなくなっていったんです」
「……順番が、逆だったんです」
静まり返った事務所に、田の透き通るような声が落ちた。
笹本と榊原の線が、斉に彼女の元へと集まった。
「順番が逆……? どういうことだ、田」笹本がを乗りした。
田は作業台のまで歩み寄ると、自らの両をにし、指先を組みわせた。
「ミリ歪んだままの体に、乗せられていたエンジンも、駆系のシャフトも、というい歳をかけて、しずつ自分を摩耗させ、削りいながら、形をわせていたんです。