"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第14話
素が付け焼き刃でけるような代物ではなかった。完璧なプロフェッショナルの測定データだった。
「圧縮も、も、燃料も……全部揃ってるじゃねえか」
笹本は呆然と呟いた。自分でもの抜けた響きだと分かる、掠れた声だった。
「だったら……かかるはずだろうが。内燃関の素が全部正常なら、初爆が起きない理がねえ」
「はい。本来なら、かかるはずです」
田はノートの最、鉛で引かれた最の直線を、煤けた指先でトンと叩いた。
そこには、数字ではなく、く力い文だけが記されていた。
『故に、エンジン本体に物理故障はせず』
の空気のきが、瞬にして凍りついたようだった。
笹本はそのの文字を見つめたまま、縛りに遭ったようにきが取れなくなった。
エンジンは、壊れていない――?
名だたるレストアの専が寄ってたかってを費やし、ボルト本までバラして組み直し、それでもが入らなかったあの名の臓が、最初から「壊れてなどいなかった」というのか。
「……じゃあ、体何なんだよ」
笹本が絞りすように問うと、田はゆっくりと暁の体へと向き直った。
そして、磨きげられた濃紺のフロントフェンダーの鋼板のに、自らのののひらをそっと押し当てた。
叩くのでもなく、撫でるのでもない。
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まるで、をして苦しむ子供の額にを当てる母親のように、自らの体温を鉄の肌へと移そうとするかのような、慈しみに満ちた仕だった。
「……このは、誰かが度、直し方を根本から違えています」
田の静かな声が、のトタン壁に吸い込まれていった。
「違えた……? どういうことだ」
「壊れた所を直していないんです。壊れた所の周りだけを、品の部品で綺麗に飾りてただけです」
田は笹本のからノートを取り戻すと、数頁めくって、体を真から見ろした緻密な面図を提示した。隅のホイールハウスとフレームの基準点に、細かな測定値がき込まれている。
のフロントホイールのを結ぶ線。 のリアホイールのを結ぶ線。 そして、その点を交差するように結んだ、本の対角線のさ。
その本の対角線の数値が、決定に狂っていた。
「……ミリです」田が言った。
「ミリ……?」
「のから、のろにかけて。こののモノコックフレームは、全体でミリメートル、斜めにねじれています」
笹本は息を呑み、ノートの数値をい入るように見つめた。
たったミリ。
メジャーを目しただけでは絶対に分からず、平坦な舗装をらせてもドライバーにはできず、回りのブッシュをいくら品に交換したところで決して消えることのない、鉄の箱の歪み。
しかし、自とは、何万個もの精密な部品が組みわさった、巨な剛構造の鉄の箱なのだ。
その台となる箱そのものがミリねじれていれば、そのにマウントされているエンジンも、トランスミッションも、ステアリングシャフトも、すべてが本来の設計図とは異なる「歪んだ姿勢」で無理やり押し込められていることになる。
背筋を、たい汗が筋、ツーと伝い落ちていくのを笹本はじた。
「田……このは、事故だってことか」
「分かりません」田はノートをパタンと閉じた。「ただ、この歪みは昨今ついたものではありません。もっとずっと昔……何もの傷です」
その夜、笹本は震える指で受話器を握り、預かり票にかれていた榊原の携帯話の番号をプッシュした。
『、へお越しいただくことは能でしょうか』
笹本がそう告げると、話の老は、理由を切尋ねることなく、ただ静かに「分かりました。朝伺います」とだけ答えて通話を切った。
受話器を置き、笹本は照の落ちた暗いへと戻った。
のに佇む暁2000クーペの濃紺のボディは、灯のを浴びて、何事もなかったかのように然と沈黙を守っていた。
このが、何ものあいだ誰にも言えず、鉄の肌の奥くに隠し続けてきた痛切な秘密を、、のに晒すことになる。
このの笹本は、まだ像すらしていなかった。