"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第12話
まだ設計の駆けしだった頃、私の引いた図面があまりに無茶な公差で、どこの加にも相にされなかった。その、このの先代だけが、『持ってきな、削ってやる』と笑って引き受けてくれたんです」
榊原の線は、板の錆びた鉄板かられなかった。
「あのの部品は、結局、発止になって製品化されることはありませんでした。ですがね、私はあの先代に削ってもらった個の真鍮のシャフトを、退職するまで、ずっと自分のデスクのに置いていたんです」
の奥が、急にシンと静まり返ったようにじられた。
暗い作業の隅で、油まみれのツナギを着て旋盤のにち、煙をくわえながら鉄の塊を削りしていたき父の広い背が、笹本の記憶の奥底から鮮烈によみがえってきた。
けれど――過の傷や恩義は、仕事を引き受ける論理な理由にはなり得なかった。
「……お気持ちは、本当にありがたいです。ですが、腕利きの専が束になってかけて分からなかったものが、うちのような潰れかけので分かるはずがありません」
笹本はそう言い終えると、断りの図として、積載の運転へを挙げようとした。
しかし、その腕が、空でぴたりと止まった。
田美紀が、いつのにか、暁2000クーペのすぐ脇に音もなくっていたのだ。
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の会話を聞いていたのか、それとも最初からしか見えていなかったのか。田は笹本に目もくれず、ボンネットの先端にそっと指をかけ、支え棒をててエンジンルームの淵をじっと見つめていた。
そのまま、彼女の全のきが凍りついたように静止した。
のに流れているのは、ストーブのやかんがてるかすかな蒸気の音と、属がえていくピシリという微な収縮音だけだった。
笹本は「おい」と声をかけようとしたが、その言葉を喉の奥でみ込んだ。
田の横顔が――あの朝、軽自の軸の付け根に潜むセンチの亀裂を抉りしたと、寸分違わぬ、獲物を狙う鷹のように研ぎ澄まされた表へと変貌していたからだ。
彼女はエンジン本体には切を触れなかった。
その代わりに、彼女は指先を伸ばし、ボンネットの裏側の折り返された鋼板の縁を、盲が点字をなぞるかのような繊細なつきで、端から端へとゆっくりとなぞっていった。
それからすっと体を起こし、のフロントバンパーのへと回り込み、数歩退して、体全体をしれた位置から凝した。
首を、へわずか度ほど傾ける。
そして、元の位置へ戻す。
榊原が、その異様な景を息を殺して見守っていた。
「……あの方は?」老が笹本に声で尋ねた。
「うちの、備士です」
そう答えた瞬、笹本は自らが「うちの備士」という言葉を、まれて初めて誇りを持ってにしたことに気づき、胸の奥がくなった。
田が、の待つ所へと静かに戻ってきた。作業着の袖には、先ほどまで作業していたの黒いカーボンと錆のが、まだく残っていた。
「榊原さん」
田は名乗りもせず、挨拶の言葉すら省いて、唐突に切りした。
「このを、何か預けていただけないでしょうか」
笹本はわず目を見いた。榊原もまた、驚きに目を見張っていた。
「……直せる、と言うのかね? 君に」
「直せるとは言えません」田は静かに、しかし迷いのない声で言った。「ただ……このがかない本当の理由を、まだ誰も見ていない気がします」
その瞬、鉛のの切れから、夕暮れの淡い差しが筋だけ斜めに差し込み、暁のい濃紺の塗装を妖しく照らしした。
そののなかで、田の指先が、刻みに微細な震えを帯びているのが見えた。
恐怖から震えているのではない。まだ見ぬ巨な謎をにして、職の魂が歓に武者震いしているのだということが、笹本には直に理解できた。
翌朝から、田美紀は暁2000クーペのそばを片もれなくなった。
しかし、笹本が予していたような作業は、何ひとつとしてわれなかった。
田は、決してキーを回してエンジンをかけようとはしなかったのだ。
朝番に社すると、まず運転席にく腰をろし、ステアリングホイールに両を添えたまま、ミリものあいだ微だにせず方を見つめ続ける。