"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第11話
のカタログがのショールームに並んでいた頃の記憶が、笹本の代の残像として鮮やかによみがえってきた。
「くでご覧になるのは、どれくらいぶりですかね」
背から、静かで落ち着いた声がかけられた。
振り返ると、積載の助席からりてきたの老が、穏やかな笑みをたたえてっていた。の頃は代の半ばを過ぎただろうか。仕ての良い濃いグレーのツイードのジャケットを羽織り、背筋は定規を当てたようにまっすぐ伸びており、に染まった髪が綺麗に撫で付けられていた。
「榊原善夫と申します。……このの、持ち主です」
差しされた老のには、相応のい皺が刻まれていたが、それとは釣りいなほどに、親指と差し指の付け根が太く発達していた。そのを握り返した瞬、笹本は直した。この男は、単にに飽かせてクラシックカーを乗り回している富裕層などではない。かつて自らので図面を引き、油にまみれて械と対話してきた、本物の技術者のだった。
榊原は暁の運転席のドアをおもむろにけ、キーシリンダーに鍵を差し込んで回して見せた。
キュキュキュキュキュッ――!
甲いセルモーターの回転音が、力く規則正しく内に響き渡った。メーターパネルのタコメーターの針が、微かにピクリとねがる。
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しかし、それだけだった。
どれほど力くセルが回り続けようとも、シリンダーので混気にが灯る気配は切なく、エンジンはえ切った鉄の塊のまま、沈黙を保ち続けていた。
「どこへ持ってっても、同じでした」
榊原は静かにキーを抜き、なドアをバフリと閉めた。
「正規のディーラーにヶ。旧専のレストアショップに半。最には、関で番の技術を持つと言われる名のレースファクトリーに、丸預けました」
笹本はボンネットの隙に指をかけ、慎に持ちげてを覗き込んだ。
息を呑むほどに美しいエンジンルームだった。
すべての配線は品の耐ハーネスで引き直され、ホース類は点の劣化もない品のゴムが巻かれ、キャブレターの属肌は磨きげられて鈍いを放っていた。古い特の、焼けたオイルと埃が混ざりったあの独特のい匂いなど、このエンジンルームからは微も漂ってこなかった。無菌で作られた精密器のように、あまりにも綺麗すぎた。
「エンジンは度完全にろされ、ボルト本に至るまで分解して組み直されています。ピストンもバルブも品です。点コイルも、デスビも、燃料ポンプも、すべて純正同等品に交換しました。それでも……初爆すら起きない。
各のした最終な結論は、すべて『原因』でした」
榊原の言葉には、ディーラーや専に対するりも、失望の嘆きも含まれていなかった。ただ、何もかけて絶望を受け入れ、のすべてを削ぎ落としてしまった特の、底れない静けさだけが漂っていた。
「……直してくれとは言いません」
榊原は、暁の濃紺のルーフのに、自らの皺いのひらを優しく置いた。
「もう、諦めようとっています。ただ、スクラップにするに……昔ながらの町の空気を、最にもう度だけ吸わせてやりたかった。それだけなんです」
笹本は正直、途方に暮れていた。老のにはく同するものの、自らのの現状を考えれば、「無理だ」と断る以の選択肢などあるはずがなかった。
「見ての通りのです」笹本は錆びたリフトを指差しながら、苦渋に満ちた声で言った。「くリフトは基だけ。診断だって、今の用の旧式のものが台あるきりです。それに……うちは、今末で完全にを畳みます。あとも残っちゃいません」
榊原は驚く様子も見せず、ただ穏やかに頷き、の入りに掲げられた板を見げた。潮とに晒され、ペンキの文字がかすれた『笹本自備』の文字。
「……先代の笹本さんに、旋盤を回していただいたことがあるんですよ」
笹本はハッと顔をげた。
「私は昔、自の試作部品を作るさな町におりましてね。