"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第6話
領収に記入できたのは、事に見積もりをしていた通りの基本点検料のわずかな額だけだった。田が費やした分もの余計な分解点検のと件費は、丸々の持ちし、完全な赤字だった。
しかし、端田さんはるどころか、持ち無汰そうに湯呑みの茶をすすりながら、の良さそうな笑顔を浮かべて言った。
「いいよいいよ、笹本さん。畑の帰りだから急ぐわけでもないしね。丁寧に見てくれたんだろ? ありがとね」
その物分かりの良さが、今の笹本にはかえって胸を突き刺すように痛かった。
このに今も通ってくれている客は、みな端田さんのような古い馴染みばかりだった。笹本の備の腕を見込んで頼りにしているというよりは、先代の父親とのい付きいを無にするのを惜しみ、けをかけてくれているだけなのだということを、笹本自、疾うの昔から痛いほど自覚していたからだ。
端田さんの軽自が、夕暮れの坂をゆっくりとっていく排気音が完全に消えった、事務所のパイプ子に体を沈めた笹本のから、いため息が漏れた。体を預けられた古いパイプ子の錆びたスプリングが、ギシリとく軋んだ。
だが、田のその異常なまでの「遅さ」と「こだわり」は、翌も、その翌も全く変わることなく続いた。
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目、別の客から持ち込まれた普通乗用のフロントブレーキパッドの交換では、笹本がで作業すれば分で終わる程に、彼女は優に以を費やした。パッドをしたキャリパーのピストン周辺のダストブーツの微細なヒビを虫鏡で見つめ、スライドピンのグリスの粘度を指先で執拗に確認し、清掃に半のを費やしていた。
別の軽トラックのオイル交換を命じれば、ドレンボルトから抜き取った古いエンジンオイルをわざわざ平らな属バットにく広げ、蛍灯のにかざして、オイルのに混ざり込んだ微細な属の無を目を凝らして確かめていた。
笹本がたまらず背から声を荒らげた。
「おい! もういい、スラッジも鉄もてねえよ! 問題ないからしいオイルを入れてさっさとリフトからろせ!」
そう鳴りつけても、田のは止まらなかった。反抗している様子ではない。ただ、目のの油膜に識のすべてを吸い込まれており、笹本の声が物理にに届いていないかのような様子だった。
目には、さらに酷い事態が起きた。
夕方、検のがった商用バンを引き取りに来た元の務の社を捕まえて、田は延々と、専用語を並べてた説を始めてしまったのだ。
「リザーバータンクの却の量が、基準値の限から約ミリリットルほど自然減していました。この式のエンジンにおける却ラインの圧力設計から逆算しますと、ラジエーターキャップのスプリングの張力による微蒸発か、あるいはウォーターポンプのメカニカルシールの極めて初期の滲みが疑われます。距が万キロを超えた段階で、度加圧テストを実施されることをくお勧めいたします」
務の社は、最初は神妙な顔で聞いていたものの、関銃のように繰りされる難解な言葉の連続に、次第に引きつった笑いを浮かべ始めた。最には助けを求めるように笹本へ線を泳がせながら、苦笑いして財布から万札を抜き取ると、逃げるようにに乗り込んでりってしまった。
その輪が巻きげる砂利の音が坂のへと消えていくまで、笹本は事務所の入りで、凍りついたようにち尽くしていた。胸の奥底に、どうしても胃の腑へ落とし込むことのできない、たく苦い澱のようなものが溜まっていくのをじていた。
そのの夜、田が定きっかりに具箱を提げて帰ったのは、んだように静まり返っていた。
笹本は事務所の擦り切れた製デスクのに分い総勘定元帳を広げ、缶コーヒーのプルタブを引き抜いた。
自販売で買ってから数が経ち、とっくにえ切った黒い液体をに含む。