"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第3話
効率、スピード、マニュアル通りの定処理、利益率の追求。それらに適応できず、弾きされた者に向けられる定型句だった。
「……悪いことは言わねえ」笹本は煙にをつけず、フィルターを指先で弄びながら言った。「もっと代な設備が揃った、きな備を当たった方がいい。うちみたいな潰れかけの掘っ建てに、おの居所なんかないぞ」
田は頷かなかった。
かといって、れっぽくすがりつくでもなく、満をにするでもない。彼女はただ黙ったまま、自らの元に置かれていたあの鉄の具箱へと、静かにを伸ばした。
その無識の仕が、笹本の目をく引きつけた。
蓋をけようとしたわけではない。ただ、に濡れた持ちの属を、自らののひらでぎゅっと握り直しただけのごく自然な仕だった。けれど、その指の掛け方、の捉え方には、職が具と対話してきた者にしか宿らない、切の迷いのない確かさがあった。
に置かれたその箱は、お世辞にも入れがき届いているとは言えない観だった。方の角という角は激しく削れて丸みを帯び、ぶつけた凹みがあちこちに散見され、青い塗装はの鉄が赤茶に覗くほど剥落している。側面のパッチン錠の止めなどは、度へし折れたものをわざわざアセチレン溶接で繋ぎ直した々しい痕跡があり、その溶接痕そのものにさえいの錆が浮いていた。
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笹本は気がつくと、煙を机に置き、無言のまま女のまで歩み寄ってそのにくしゃがみ込んでいた。
「……ちょっと、を見せてくれ」
田は瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐにさく「はい」と頷き、両で留めをしてい鉄の蓋を静かに持ちげた。
かれた具箱の内部を覗き込んだ瞬、笹本は喉の奥で息を呑んだ。
側の無惨な荒れ果て方とは、完全に正反対の世界がそこにあった。
段に仕切られたトレイのには、さまざまなコンビネーションスパナ、ソケットレンチ、ドライバー、ラチェットハンドルが、本の狂いもなくサイズ順に然と並べられていた。表面には埃ひとつなく、余分な油気はすべて丁寧に拭き取られており、鈍いのを放っている。刃先が欠けたり、ネジをナメて変形したような粗悪な具は、ただの本もしなかった。使い込まれた古い具ほど、入れのき届いた証として、握りの梨の部分が掌の脂によって滑らかな飴へと美しく変していた。
箱の内部から、微かな空気がちがって笹本の腔をかすめた。
それは、属の混ざった古い防錆油の匂いと、にわたって素で握り続けられてきた鉄特の、乾いた清潔な気配だった。
具は、絶対に嘘をつかない。
、の回りに潜り、えたボルトと格闘し続けてきた笹本には、そのことが痛いほどよく分かった。この具箱を肌さず持っているが、をぞんざいに扱うはずがない。ボルト本の締め付け、ナットひとつの座面に至るまで、神経を研ぎ澄まして向きってきたにしか、このような具箱を維持できるはずがなかった。
に、笹本のの奥で、何もに世をった父親の、く濁った声が蘇った。
あれは、自分がまだ代半ばの、血気配ばかりが先っていた頃のの夕暮れだった。油とカーボンで真っ黒に汚れた両を洗い油の入ったタライに突っ込み、軽で擦りながら、先代はに入ってくる見習いの若者たちについて、ぽつりとこう言ったのだ。
『平、いいか。技術なんてものはからいくらでもにつく。だがな、を雑に扱わない奴だけは、どんなことがあっても絶対に追い返すな』
その頑固徹だった父が血を注いで守り抜いたを、笹本は自らの代で、あとに閉じようとしていた。
のでは、が段とまっていた。波打つトタン根を叩く激しい音が、事務所ののい沈黙を隙なく埋めていく。
笹本は痛む膝の関節をポキリと鳴らしながら、ゆっくりとちがった。