"七通の退職届と八十件の着信" 第12話
の本職は残らず連れていきながら、このは最初からとしての数にすら入れていなかったのだ。
川はそのまま背を向けて歩きしかけたが、ふといしたようにち止まり、卑た笑みを浮かべて振り返った。
「ああ、それからな、社。持っていくもんがあるんだ」
「……持っていくもの?」
「号で使ってる治具だ。あれは全部、俺が自分ので作ったもんだからな。俺の所物だ、全部持ってくぞ」
治具――それは、属部品を作械のテーブルにミクロン単位の狂いもなく固定するための、削り加の命とも言える専用の補助器具のことだ。部品ごとに形状が異なり、複雑なものになると、個の治具を設計して削りすだけで職が何もを抱える代物だった。号の脇のスチール棚には、川が使ってきた特注の治具が、数個も然と並べられていた。
「それとな、産栄計測さんには、俺から直接挨拶にってやるよ。今まであの精度部品を作って実績をげてきたのは、ここにいる俺たち職なんだからな。筋は通しておかんとな」
川は何の疑いもなく、当然の権利であるかのように胸を反らせた。
私のは、悔しさとりで細かく震えていた。しかし、元信用庫の融資係として、そして会社の資産を管理してきた経理としての識が、私の背筋を咄嗟に伸ばした。
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「治具の持ちしは、切お断りいたします」
「……ああん?」
川の太い眉が、見るに釣りがった。
「治具を製作するために仕入れた特殊鋼の材料費は、すべて会社の経費から支払われています。製作にかかった川さんの作業に対する与も、会社が労働対価として満額支払っています。それらの治具はすべて固定資産および消耗器具備品として帳簿に計され、毎の決算にも会社の資産として記載されています」
私は歩に踏みし、川の目を正面から射抜いた。
「過、その帳簿を法律に基づいて正確につけ続けてきたのは、ならぬ私です」
「作ったのは、俺のこのだぞ!」
川が号をげ、太い指先を私の先に突きつけた。
「はい。ので、森精のために作っていただいた会社の財産です」
川の背で、職の誰かが息を呑む気配がした。私は怯まずに言葉を畳み掛けた。
「それから、産栄計測さんからお預かりしている図面や仕様の類も、枚たりとも社へ持ちさないでください。あれは守秘義務契約に基づき、クライアントからお預かりしているものであって、あなた個の所物ではありません」
「図面なんざ、持ってく必もねえよ! 寸法も削り順も、全部この俺ののに入ってんだ!」
川は作業着の胸ポケットを乱暴に叩いてみせた。
「俺のの職魂は、この黒い帳とのにあるんだよ! これは俺個の私物だ。文句はねえだろうが!」
個のメモ帳まで奪う法根拠は、私にはなかった。川は忌々しそうに元の私物具箱を肩に担ぎ直した。
その、沈黙を守っていた最古参の岩佐さんが、疲れ果てたような掠れ声でを挟んだ。
「……、もういいでしょう。治具くらい、しいで作り直せばいいじゃないですか。の半ばから借りっぱなしにしてるあっちのの賃だって、もう割りで発してるんですから」
「岩佐ッ、余計なことを喋るな!」
川がい声で遮ると、岩佐さんはハッとしてを噤んだ。
の半ば――。
その言葉を聞いた瞬、私の全をたい戦慄が駆け抜けた。
の半ばといえば、父はまだ元気そのもので、毎朝社で方に向かい、アンの級格を涙ぐんでんでいた期だ。
この男たちは、父が急逝するずっとから、父を裏切り、を捨てる準備を着々とめていたのだ。
「……の半ばから、準備していたのですか?」
私の震える問いかけに、川は鬱陶しそうにを振った。
「いつかは独するつもりだったんだよ。それが、浩さんが勝にくたばったせいでし倒しになっただけの話だ。俺のせいじゃねえよ」
「父は……父はこのことをっていたのですか?」
川は笑を浮かべた。