"彼女は毎日母を世話し、毎週夫と夜を過ごす" 第12話
ただ、私を支配し、罪悪で縛り付けるために、「無能」という便利な殻に閉じこもっていただけだった。
ある曜の午。 母がショートステイの体験利用へかけ、静まり返ったリビングで、健司が私の元に膝をついた。
「美咲……頼む。考え直してくれ」
健司の両は、毎の仕事で赤く荒れていた。 涙をポロポロと畳に落としながら、私のスカートの裾にすがりついてくる。
「俺、を入れ替えたんだ。見てくれただろ? 母さんのの世話も、呂も、事も、全部俺がやってる。おが会社を休む必なんて、もうもないんだよ」
「……」
「これからは俺が全部背負う。おの仕事も全力で応援する。張だって何泊ったっていい。……だから、婚だけは勘弁してくれ。慰謝料だって、母さんの遺産が入ったら……いや、俺の料から毎全額払うから……!」
みじめな男だった。 自分の罪を悔いているのではない。 会社にバレること、親族に軽蔑されること、世体が崩壊することに怯えているだけだ。
私は、すがりつく夫のを、たく見ろした。
「健司さん」
「な、なんだ? やり直してくれるのか……?」
「あなたが母さんの世話をするのは、いつだって何かをに入れるための取引ね」
健司の顔が、ピクリと張った。
「をに入れるために、介護を覚えた。そして今度は、自分のを守るために、母さんのオムツを替えている」
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「ち、違う! 俺は本当に反省して……!」
「半の夜」
私の声は、静かだった。 けれど、部の空気を切り裂くような鋭さを持っていた。
「母さんが骨折したとき、私は自分のキャリアを捨てた。自分が母親を殺しかけたんだとって、毎泣きながら、にたいといながら介護してたの」
健司の目が、泳ぐ。
「あなたは、その横でどんな顔をして私を見ていたの?」
「それは……」
「っていたのに。自分が母さんを放置したくせに。私が仕事を諦め、世を捨て、ボロボロになっていくのを……あなたは全部っていて、平然と見ろしていた」
喉の奥から、乾いた息が漏れた。
「そんなの『反省』を、私がミリでも信じるとう?」
健司は、言葉を失った。 すがりついていたが、力なく私のスカートかられていく。
「てって。度と、私の界に入らないで」
私はちがり、玄関を指さした。
「今すぐ荷物をまとめててかないなら、警察と会社にすべての証拠を提します」
夫は、もう何も言わなかった。 気の顔のまま、うようにして自へ向かい、スーツケースにを詰め込んだ。
玄関のドアが閉まり、男の音がざかっていくのを、私は静かに見届けた。 度と戻らない鍵の音。 胸のに広がったのは、勝利の歓などではなく、ただ底の抜けたような、静謐な静寂だった。
奈緒さんとは、事業所を通じて度だけ顔をわせた。
彼女は介護福祉士の登録を自ら返し、事業所を懲戒解雇となった。 最に私のに現れた奈緒さんは、化粧気もなく、ひどく痩せこけていた。
々とをげ、 「取り返しのつかないことをしました。本当に、申し訳ありませんでした」 と、震える声で謝罪した。
私は、彼女を許さなかった。 母を放置した共犯者である事実は、何があっても消えない。 だが、余計な罵声を浴びせることもしなかった。
「もう度と、母のに現れないでください」
それだけを告げて、背を向けた。 彼女もまた、自分の犯した罪のさを、これからので背負い続けていくのだろう。
それからの数ヶは、涛のような現実の連続だった。
奇跡のような救世主なんて、現れなかった。 夫を追いし、奈緒さんを切ったあとの活は、決して甘いものではなかった。
私は域包括支援センターのケアマネジャーと何度も膝を突きわせ、制度の限界まで介護サービスを組み直した。
規模能型居宅介護の登録。 週に回のデイサービス。 週に回の訪問護と、定期なショートステイの予約。
特定の「誰か」に依する介護は、もう絶対にしない。 が倒れても、が裏切っても、活が崩壊しないための、幾にも張り巡らされた公なセーフティネット。
母は最初、環境の変化に激しく混乱した。
デイサービスの送迎に乗るのを嫌がり、靴を投げ、私のを引っ掻いて泣き叫んだ。