"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第14話
子に座った義母は、迎えに来た介護タクシーを待つ、度も夫と目をわせようとしなかった。 夫は壁に背を預け、腕を組んだまま、のような顔でを見つめていた。
「健」
タクシーのクラクションが鳴った、義母が初めてをいた。 く、掠れた、だがの抜け落ちた声だった。
「あんたは昔から、先ばかりで、自分の尻も拭けない子だったわね」
夫の肩が、さく震えた。
「私が甘やかして、何でものせいにする男に育ててしまった。……私の責任よ。だから、もうあんたには何も遺さない。自分できなさい」
義母はそれ以何も言わず、理恵に背を押されて玄関をてった。 ドアが閉まり、静寂が落ちる。
夫は崩れ落ちるように玄関のに膝をつき、両で顔を覆った。 声にならない嗚咽が、暗い廊に漏れ聞こえていた。
融資が完全に消滅した佐藤商事は、破綻の淵にたされた。
だが、夫は会社を潰さなかった。
正確に言えば、逃げすことすら許されなかったのだ。 ホテルグループへの違約の分割払い、請け運送会社への未払い。 自己破産をすれば、義父から受け継いだこの自宅まで競売にかけられる。
夫に残されたは、虚栄をすべて削ぎ落とし、をすする現実を受け入れることだけだった。
まず、駅の雑居ビルに借りていた事務所を解約した。
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社用としてリースしていた級セダンを返却し、代わりに距万キロを超えた古の軽バンを台、個名義のローンで買い取った。
従業員は全員、相応の退職を払って解雇した。 夫はきりになった。
毎朝半、褪せた作業着を着てをる。 自分で軽バンを運転し、郊の倉庫で用品を積み込み、たに契約を取り付けた方のビジネスホテルや堅スーパーへと運ぶ。
夕方、埃まみれになって帰宅すると、居のこたつで領収を枚ずつ仕分けし、慣れな会計ソフトに数字を打ち込む。
夜に接待と称してみ歩くことも、に鳴り散らすこともなくなった。 ただ、疲弊し、すり減り、黙々と体をかしていた。
それは、夫がの経営者で、度もやったことのない「本物の労働」だった。
私はその姿を、同じ根のから静かに観察していた。 事を作ることも、洗濯物を洗うこともしない。 ただ、同居として、定の距を保ったまま。
がち始めたの初め。 私の誕の翌、夫が珍しく定に帰宅した。
には、所のスーパーのビニール袋。 から取りされたのは、ぶりな鯛の切りと、根だった。
「由美」
台所で米を研いでいた私に、夫がおずおずと声をかけてきた。
「今、し話せるか」
リビングのテーブルに向かいって座る。 夫のは、段ボールの角で擦れてあちこちがひび割れ、黒ずんでいた。 かつて私のを「荒れた」と見していた男のが、私よりもずっとく傷ついていた。
夫はカバンから、通の封筒を取りした。
「これ……受けてくれないか」
差しされたのは、民関が主催する『夫婦カウンセリング』の案内と、受講申込だった。 すでに夫の自で署名がしてあった。
「俺……今まで、自分がどれだけおに甘えてたか、に染みて分かったよ」
夫は線を落とし、絞りすように言葉を繋いだ。
「で配送にて、荷主から鳴られて、伝票のミスでをげて……その、いしたんだ。おが昔、俺の見積もりを直してくれてたこと。現の支配に、俺の代わりにをげてくれてたこと」
夫の喉が、ぐっと詰まる。
「俺は、おのを搾取してた。おがいて当たりだとって、おの仕事をバカにして、庭に閉じ込めようとした。……本当に、すまなかった」
夫はテーブルに両をつき、々とをげた。
芝居ではなかった。 世体のための座でも、契約をもぎ取るための嘘でもない。 で初めて見る、芯からの謝罪だった。
「もう度、やり直させてほしい。会社はさくなったが、借は確実に減ってる。これからは、のことも全部半分にする。
おの仕事も、全力で応援する。だから……」
沈黙が流れた。 掛け計の秒針が、カチ、カチと規則正しい音を刻んでいる。