"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第8話
『おの雀の涙みたいな料で、このが回ってるとでもってんのか』って」
夫の肩が、ビクッとねた。
「だから、やめたの。私の無償の労働を、あなたからすべて引き揚げたのよ」
「由美……」
「自分のでちなさいよ、社なんでしょう? 商億を目指す、派なの主なんでしょう? 私という防波堤を失ったあなたの会社が、現代のビジネスの現で通用するかどうか、その目で確かめればいいじゃない」
夫はをパクパクとかしたが、声はなかった。 自分の犯した過ちのきさに、今この瞬、ようやく気づいたのだ。
自分が蹴にし、庭に押し込め、介護員として使い潰そうとしていた妻こそが、自分の会社の命綱そのものだったという事実に。
「警備員」
美咲部がく呼んだ。 待していたの屈な警備員が、夫の両脇を固める。
「部者のち入りは、業務妨害にあたります。お引き取りを」
「由美! 由美、頼む! 母さんも、母さんも悪かったって言ってるから! 頼むから助けてくれぇぇぇ!」
引きずられていく夫の叫び声が、エレベーターホールの向こうへと消えていった。
扉が閉まる属音が響き、フロアには再びい沈黙が戻った。
私はく息を吐きした。 肺の奥に溜まっていたい空気が抜けていく。 の震えは、もうなかった。
美咲部が私に線を向け、静かに頷いた。
広告
「仕事に戻りましょう、佐藤リーダー」
「……はい」
自席に戻り、PCをく。 画面には、佐藤商事に対する契約解除通の決裁フローが表示されていた。 私の承認印の欄は、システム規定通り「除斥」の文字でにロックされている。
私はマウスを握り、自分の担当する別の案件の監査画面をいた。
夫の会社は、もう私のの荷物ではない。 彼が撒いた種は、彼自が刈り取らなければならないのだ。
午半。 定をし過ぎて本社ビルをると、は梅特のじめじめとしたがっていた。
傘をき、駅へ向かって歩きした私のスマートフォンが、ポケットので激しく振した。
画面を見ると、実の所にむ、義母の幼馴染の女性の名が表示されていた。 嫌な予がして、通話ボタンを押す。
『あ、由美さん!? よかった、やっと繋がった!』
受話器の向こうから、けたたましい音と、救急のサイレンの音が聞こえてきた。
「どうしたんですか?」
『お母さんがね、さっき自宅の玄関の段差でを踏みして、転倒しちゃったのよ! 今、救急が来て病院に運ばれるところなんだけど……』
息を呑んだ。
『健さんの携帯に何度かけてもないのよ! それでね、くにんでる妹の理恵さんには連絡がついたんだけど……あの、現に来るなりこう言い放って帰っちゃったのよ!』
所の女性の声が、困惑と怯えで震えていた。
『「母の面倒を見るのは男夫婦の義務でしょう。入院の同も元引受も、全部兄さんにやらせてください。私はプロとして介護会社を経営してますから、内の無償の尻拭いには1円もしませんし、署名もしません」って……!』
が、急にくなった。 傘の骨を打つ鈍い音が、私の元で鳴り響いていた。
脚が叩きつける総病院の救急来。
消毒液の匂いがをつく待のいプラスチック子で、私は、濡れた折りたたみ傘を握りしめていた。 袋をした指先が、じんじんとたい。
処置のカーテンの向こうから、医師の淡々とした声が聞こえる。 「首の剥骨折ですね。骨自体は週程度で固定されますが、ご齢ですし、免荷期……つまり体をかけられない期が続きます。自宅での入浴やトイレのち座りには、誰かの介助が必須になりますよ」
カーテンがき、子に乗せられた義母が現れた。 包帯で何にも巻かれたを痛そうに投げし、顔を歪めている。
だが、私の姿を認めた瞬、義母の濁った瞳にすがるようなが宿った。
「由美さん……痛いのよ、本当に痛くて。骨が砕けたかとったわ」
々しい、今にも消え入りそうな声。 昨まで私を「遣い稼ぎの嫁」「の面汚し」
と罵倒していたとは、とてもえない。
「病院の先がね、じゃトイレもけないって。