"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第4話
私に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
「お、いい加減にしろよ! 俺を誰だとってんだ! の主の言うことが聞けないなら――」
「の主なら」
私は振り返り、夫の目を真っ向から見据えた。
「ご自の会社の力だけで、来期の契約を勝ち取ってください。私を頼りにすることなく」
夫の喉が瞬、息を呑むようにした。 私の瞳に、いつもの「従順な妻」のが微もないことに気づいたのだろう。 だが、すぐに持ちの尊な態度を取り繕い、で笑った。
「当たりだろ! 誰がおなんぞを頼るか! おがいようがいまいが、俺の実力なら型契約なんざ朝飯だ!」
夫は胸を張り、テーブルの缶ビールを気に呷った。
「見とけよ。来期のコンペ、競を叩き潰して枠を総取りしてやるからな。おが泣きついてきても、もう絶対に会社の敷居は跨がせないからな!」
吐き捨てられた言葉を、私はただ静かに受け止めた。
この男は、まだ何も分かっていない。 自分がっている元が、どれほど脆い舟であるかを。
翌週から、佐藤商事のきはかった。
社内の報ポータルにがってくる入札データ。 夫の会社は、ホテルグループが提示した「客アメニティおよびリネン類の定期納品」の案件に対し、社を圧倒する破格の値を提示してきた。
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競の見積もりから、さらに割以い単価。 それだけではない。備考欄には、信じられない文言が躍っていた。
『都内および郊全拠点に対し、週、体制での緊急即補充を保証(配送料は弊社全額負担)』
画面を見ていた私の背筋が、たく凍りついた。
狂っている。
原価計算などまるでしていない。 仕入れ値の騰が続くこのご世に、割の値げ。その、従業員がと請けドライバーが数しかいない零細企業が、の即配送など請け負えるはずがないのだ。
夫の狙いはだった。 「妻が購買部からを引いた」と信じ込み、公平な競争になったとい込んだ夫は、社を蹴落とすために採算度のダンピングに打ってたのだ。 どうせ現でトラブルが起きても、妻である私が裏で支配たちにをげて、ペナルティをもみ消してくれるとを括っているのだ。
無識の甘え。 かけて彼のに骨の髄まで染み付いた、「最は妻が帳尻をわせてくれる」という寄虫の考回。
だが、今回その見積を精査したのは、私ではなかった。
内示通り、私はコンプライアンス推へと席を移した。 佐藤商事の案件ファイルは、私の権限からは切閲覧できないよう、システムで固なアクセス制限がかけられた。
そして、夫の会社の担当バイヤーに指名されたのは―― かつて夫が納品のみ会で、「おい若造、酒の注ぎ方もらねえのか」と皿のに銭を投げつけて愚弄した、代半の若バイヤー、だった。
は、数字と規程に切の妥協を許さない、社内でも指折りの厳格なリアリストだった。
末の曜。 私のデスクの内線話が鳴った。
画面には、美咲部の番号が表示されていた。
「佐藤さん、今いいかしら」
「はい、推の佐藤です」
受話器の向こうから、ややかなをめくる音が聞こえた。
「たった今、取締役会で次期サプライヤーの選定結果が条件付きで承認されたわ。佐藤商事、暫定で継続よ。あの無茶苦茶な値と配送条件を役員会が呑んだの。コスト削減の数字だけは見栄えがいいからね」
「……そうですか」
「でもね」
美咲部の声が、段くなった。
「バイヤーから、条件が付帯されたわ。『契約に記載された配送基準を度でも回った、事の通告なしに即契約解除および違約の請求をう』。ご主は、その覚に嬉々として実印を押したそうよ。『の仕事を総取りした』って、営業フロアで声をげて帰っていったわ」
胸の奥が、徹な静けさで満たされていく。
「解いたしました。コンプライアンス推として、履状況の監ログを厳格に管理します」
「お願いね。……それから、ご主、あなたがこのフロアに残っていること、まだ気づいていないようね」