"夫が私を退職させた翌朝、会社は夫を呼び出した" 第7話
目のが、真っ暗になった。
机のに置かれた、黄く変しかけた類。 そこに捺された朱のが、網膜の奥に焼きついてれない。
【佐藤】
私の認印だった。 曲がりもなく、押し直した跡すらない。 半のあの、私が自分のでインクをつけ、確かにに押し当てた印。
喉の奥が、ぎゅっと締めつけられるように狭くなる。 呼吸が浅い。 指先が、氷に浸けたみたいにえ切っていく。
……嘘でしょう?
そんなはずはない。 私は、このの品質管理で度だってを抜いたことはない。 規格の原料を見逃したことも、期限切れの検査薬を使ったこともない。 そう信じていた。 自分だけは、現の最の防波堤だと、傲にもい込んでいた。
「いしましたか、由美先輩」
奈緒の声は、驚くほどく、乾いていた。 泣き腫らした瞳の奥に、軽蔑と、それ以にい絶望が澱のように沈んでいる。
「半の。あのは、の監査のでした」
奈緒の言葉が、私のの奥で鈍い鐘のように鳴り響く。
「輸入オニオンエキスの試作ライン投入。商社からのアレルゲン検査証がにっていませんでした。私が『類が揃うまでテストは止めましょう』と言った、先輩は何て言いましたか?」
『……条件付きで、通しましょう』
自分の声だった。 記憶の底から、乾いた砂を噛むような悔とともに、当の景が鮮に蘇る。
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あの週、義母が初めて自宅の呂で倒れ、緊急搬送された。 健は「の械の納品がある」と病院に来ず、私は夜まで救急来のい子に座り続けた。 翌朝、もできないまま勤し、監査の準備に追われ、が割れるように痛かった。
そこへ田島部がやってきたのだ。 『佐藤主任、このテストを今に回さないと、ラインのちげが丸ごとヶ遅れるんだ。から必ず商社に正式な分析表をさせる。私の顔をてて、とりあえず判を押してくれ』
あのの私は、疲れていた。 くに帰って義母の着替えを用しなければならないという焦りと、田島部の圧迫に耐えかねて。 『テストロットの段階でのみ効、本製造までに追認類の提を義務付ける』という条件をでつけただけで、認印を押してしまったのだ。
そして――私はそのの追認を、忘れていた。 義母の介護保険の申請、介護認定のち会い、健の無。 庭の沼にを取られているに、オニオンエキスの類は宙に浮いたまま、いつのにか本製造のラインへと流し込まれていた。
「……私の、ミスです」
喉の奥から、やっとのいで絞りした声は、自分でもれなほど震えていた。
「ごめんなさい、さん。私が……確認を怠った」
「謝らないでください!」
奈緒が声を荒らげた。
実験の棚に並んだガラスビーカーが、微かに共鳴してチリと鳴る。
「謝られても、現はどうにもならないんです! 先輩が判を押したから、あの原料はラインを通った。現のオペレーターも、調担当も、みんな『佐藤主任が認めた原料だから丈夫だ』って信じて作業してきたんですよ!」
奈緒の肩が、激しくしていた。
「それを今になって、急に荷止だなんて……。現のパートさんたち、今のシフトを削られて泣いてますよ。田島部は言いました。『佐藤主任の個なスタンドプレーに付きう必はない。彼女のミスを会社が庇ってやる筋いはない』って」
「田島部が……?」
「ええ。田島部は、私に品質管理の統括を引き継ぐよう打診してきました。先輩の過の承認ミスを監査に証言すれば、私の昇を推薦するそうです」
奈緒は机のの類を乱暴に掴み直すと、私から線を逸らした。
「私、活があるんです。奨学の返済も残ってる。先輩みたいに、も正社員で守られてきたとは違うんです。……先輩の正義に、これ以付きえません」
を翻し、奈緒はに部をてった。 バタン、とドアが閉まる。
残された実験で、私は机に両をついた。 膝の力が抜け、に崩れ落ちそうになるのを、奥歯を噛み締めて耐える。
田島の狙いは、最初からこれだったのだ。
私が騒ぎてれば、半の私の承認印を突きして『現の独断による過失』として私の首を切る。