"妻は毎晩八時、私を家から追い出す" 第20話
「その……藤原さんのろの廊に、林さんがいたのよ」
部の空気が、凍りついた。
「林さんが、泣きそうな顔でってた。『俺たち臨の料はどうなるんですか』『来の賃も払えないんです』って、藤原さんに縋り付いてた……」
由紀の瞳から、粒の涙がポロポロと机のにこぼれ落ちた。
「藤原さんは、林さんを突きばして言ったわ。『おらに回すなんざねえよ! 誠さんの命がかかってんだ!』って。……私、そのやり取りを、全部見てたの」
由紀は自分の胸元を掻きむしるようにして、泣き叫んだ。
「私、分かってたのよ! 私たちがその百万円の約束を取り付けたら、の従業員たちには円も残らないってこと! 林さんたちがに迷うってこと……分かってて、藤原さんにをげたの! 『主のために、うちを最優先にしてください』って、示談に判を押したのよ!」
会議に、由紀の慟哭が響き渡った。
「誠さんのためだとってた! 族を守るためなら、誰かを犠牲にしても仕方がないって、自分を正当化してた! でも……結局、は潰れて、約束のも半分以踏み倒されて……残ったのは、かない誠さんのと、私の胸ののドロドロした罪悪だけだった!」
由紀は机に突っ伏し、額を目板に擦り付けた。
「誠さんが臓の術をするってなった……私、怖くなったの。
広告
もし誠さんがんだら、私は何のために林さんを見殺しにしたの? 何のために、あの公平な示談をみ込んだの?! さんに『全部あなたのせいだ』って認めてもらわなきゃ……私がしてきた選択まで、全部ただの醜いエゴになっちゃうじゃないのよ……!」
言葉を失った。 息ができなかった。
由紀もまた、聖ではなかったのだ。 夫を奪われた劇の妻という仮面ので、彼女もまた、のあの舟ので、を突き落として自分たちの席を確保しようとしただったのだ。
誠は、泣き崩れる妻の背を、かないをポケットに入れたまま、だけで静かに撫でた。
「……もういい、由紀」 誠の声は、限りなく優しく、そして痛ましかった。
「おがそんないで、もあの切れを抱え込んでたなんて……俺は、らなかったよ。すまなかったな」 「誠さん……」
「俺のは、もう戻らない。林さんのも、戻らない。……さんを獄に引きずり落としたって、おの罪が消えるわけじゃないんだよ」
誠は顔をげ、私をまっすぐに見つめた。 その目には、憎悪も怨もなかった。 ただ、同じ代を、同じので必にもがき、そして醜く失敗したに対する、乾いたれみだけがあった。
「さん。あんたのついた嘘も、藤原の保も、由紀のエゴも、俺の諦めも……全部、あのの油のに溶けて、もう度と綺麗にはならないんだ」
私は、子の背もたれに倒れ込みそうになるのを、必で耐えていた。 誰も、無傷のはいなかった。 被害者も、加害者も、その族も、全員が誰かの痛みに背を向け、自らの平穏のためにさな引きを引いていた。
その、ずっと沈黙を守っていた美智子が、ゆっくりとちがった。
パイプ子が、キーッと障りな音をてる。 美智子は泣いていなかった。 その顔には、彼女の表を縛り付けていたすべての迷いが削ぎ落とされ、い夜ののような静寂が広がっていた。
「……美智子」
美智子は私を瞥した。 その瞳のたさに、私は息を呑んだ。
「そうね。私たち全員、『族のため』っていう都のいい言葉を使って、誰かを平然と踏み躙ってきたのよ」
美智子はバッグから、通の類を取りした。 それは、昼私に見せたものとは違う、公な印の貼られた委任状だった。
「誰が番悪いかなんて、もうどうでもいいわ。でもね、修さん」 美智子は、私の目を逃げなく捉えた。
「過は消せなくても、今ここで、何を終わらせるかは選べるはずよ」
「美智子……何を言っているんだ」
「、午。品川の公証役へきましょう」
公証役。 その言葉の響きに、私の喉が引き攣った。
「あなたがに放置したものを、公の文として確定させるの。法な効を盾にして逃げるのか、それとも、自分のの責任として引き受けるのか……あなたが自分で決めなさい」