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"「母を助けないで」腎臓提供の前日、十五歳の甥は私に縋った" 第8話

ガチャリ、という音に、真理がゆっくりと振り返った。 蒼な顔。目のには濃い隈が落ち、頬はこけている。 私の姿を認めた瞬、妹の瞳にすがるようなが宿った。

「……お姉ちゃん」 々しい、今にも消え入りそうな声だった。 両を震わせ、シーツので私に向かって伸ばしてくる。

「来てくれたんだね……。ごめんなさい、さっきは取り乱して。私、もう限界なの。先がね、にドナーの同が取れなければ、今週の術枠は完全に破棄するって……。お願い、お姉ちゃん。私を助けて。私、にたくない……」

かつての私なら、その涙に騙されていただろう。 ベッドの脇に駆け寄り、そのたいを握りしめて、「丈夫よ」と言ってしまっていただろう。

だが、今の私には、その姿がただ恐ろしかった。 どこまでが本で、どこからが計算なのか。 いや、本すら、自分が嘘をついている自覚がないのかもしれない。 き延びるためなら、誰のどんなでも利用する。それが、病気に蝕まれた真理の「戦略」になっていた。

私は伸ばされたそのを取らなかった。 歩もベッドにづかず、バッグから茶封筒を取りした。

「真理」

「え……?」

私は封筒から、つのものを取りし、ベッドの元にあるスライドテーブルのに叩きつけた。

つは、直から受け取った、あの青いボールペンの『追伸』の便箋。

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もうつは、私のスマートフォン。画面には、直との通話の録音データが表示されている。

真理の線が、便箋の文字に落ちた。 その瞬、妹の顔から、文字通りサーッと血の気が引いていくのが分かった。

「……あ」 真理の喉から、掠れた空気の音が漏れた。

「直に会ってきたわ」 私の声は、自分でも驚くほど平坦で、え切っていた。 「万円で、拓の戸籍と監護権をに引き渡す契約。そして、直が音をげたら、私の実に拓を転がり込ませる筋き。……全部、聞いたわよ」

真理の瞳が、激しくに揺れた。 「ち、違うの……お姉ちゃん、それは……」

「何が違うの?」 私は歩、ベッドに踏み込んだ。 「拓が毎、どんないであの公団の部にいたかってる? 蔵庫のメモ、見たわよ。ベランダの血のついたシーツも、模試の『E判定』も! あの子は自分のを全部ドブに捨てて、あなたの命を繋いでたのよ!」

真理はシーツを胸元まで引きげ、怯えたように体を縮こまらせた。

「それを……元気になったら、捨てるつもりだったの? 養育費も払わなかったあの男に売りばして、自分だけしいをやり直すつもりだったの!? 答えてよ、真理!」

病の空気が、張り詰めた糸のように軋んだ。 真理は唇を震わせ、俯いたまま、何も言わない。

数秒の沈黙の。 に、真理の肩から力が抜けた。

妹はゆっくりと顔をげた。 そこに浮かんでいたのは、さっきまでの々しい病の顔ではなかった。

たく、暗く、澱んだ瞳。 、実の相続協議で「子供のいないお姉ちゃんが、を総取りするなんてずるい」と私を罵倒したと、全く同じ目だった。

「……何が悪いのよ」

く、濁った声だった。

「何が悪いの? 私が、自分のをきたいとって、何がいけないのよ!?」

「真理……」

「あんたに何が分かるのよ!」 真理はベッドので叫んだ。 点滴のチューブが激しく揺れ、輸液ポンプが警告音を鳴らし始める。

「週に回、太い針を刺されて、もベッドに縛り付けられて! 喉が渇いてももめなくて、ちょっと塩分摂りすぎたら臓が苦しくて眠れなくて! 体がずっと尿毒症で臭くて、友達も仕事も全部失って! そんな惨めなき獄、あんたに分かるわけないじゃない!」

真理は血った目で、私を指差した。

「拓が? あの子がなのは、私が病気だからよ! 私が元気にならなきゃ、どうせあの子だって幸せになれないの! 私が母親をやめたいんじゃない、母親でいることに疲れ果てたのよ! 誰かに代わってほしかったの! あんた子供いないじゃない! お父さんの広いで、のうのうとで暮らして! 腎臓のつくらい、子供のくらい、引き受けてくれたっていいじゃない!!」

その言葉を聞いた瞬。 私ので、何かが音をてて断ち切れた。

しみも、同も、過のいも。 全てが急速に却され、絶対零度の静寂へと変わっていった。

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