"娘を救った担任に、娘が叫んだ「信じるな」" 第1話
体育館のに塗られたワックスの匂いと、何百もの湿った体温が混ざりっていた。
指先が刻みに震えている。 抱えた束を包むセロファンが、カサリと障りな音をてた。
全集会の壇。 マイクのにつ藤原先は、仕てのいい紺のスーツにを包み、いつも通りの控えめで美しい微笑みを浮かべていた。
「——娘さんが無事に見つかり、本当によかったです。さん、お母様としてどれほどきたがしなかったか」
先のよく通る声が、スピーカーから割れて響く。 体育館を埋め尽くした保護者と徒たちから、堰を切ったような拍が湧き起こった。
。 警察署の暗い保護で、だらけの靴を履いたまま震えていた娘の結を引き取ったときの、あの骨が軋むような寒気をいす。
。 携帯話の源は切られ、防犯カメラのがかりも途絶え、警察から「最悪の能性」を告げられるたびに、胃の奥を雑巾のように絞られるいだった。
その娘を、隣町の公共施設の裏で見つけす決定な目撃報を警察に繋いでくれたのが、担任の藤原先だった。
「先、本当に……ありがとうございました」
用してきた謝辞をにしようと、マイクへ顔をづけた。 束を差しそうと、両腕をに伸ばした。
その瞬だった。
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体育館の方、い鉄の扉が、ドカンと爆発のような音をてていた。
逆のに、がっていた。 乱れたセーラー。肩まで伸びた黒髪が汗で額に張り付いている。 元は、内履きですらない。で汚れたスニーカーのままだった。
会の線が斉に振り返る。ざわめきが波のように広がっていく。
「……結?」
マイクが々しく私の声を拾った。 にいるはずだった。 「式典なんて絶対にかない」と部に閉じこもり、毛布を被って震えていたはずの娘が、なぜここにいるのか。
娘は肩をさせ、狂気じみた形相で演壇を見つめていた。 そして、制止しようと駆け寄った学主任のを振り払い、央通を猛然とりした。
キュッ、キュッと、汚れたスニーカーがワックスの効いたを擦る鳴が体育館に響く。
「おい、! 何をやっているんだ!」 「結ちゃん、危ないから止まりなさい!」
教員たちの号。 保護者たちの鳴。 娘は脇目も振らずに階段を駆けがり、ステージのに崩れ込んできた。
私は慌てて娘の肩を抱き止めようとした。 腕のにび込んできた娘の体は、氷のようにたく、刻みに痙攣していた。
「結、どうして……具が悪かったんじゃ——」
娘は私の腕を乱暴に払いのけた。 そして、束を受け取ろうとを差ししていた藤原先を、血ったで見据えた。
ガンッ、と鈍い音がして、マイクスタンドがに倒れた。 キーンという烈なハウリングが、静まり返った体育館の空気を切り裂く。
娘はに落ちたマイクを拾いげ、喉を引き裂くような声で叫んだ。
「お母さん、信じちゃダメ!」
体育館の空気が凍りついた。 数百の線が、ステージの央に突き刺さる。
娘の指先は、真っ直ぐに藤原先の顔を指差していた。
「あのを……そのを信じちゃダメ! あの先は、私がどうしていなくなったか、最初から全部ってたんだから!」
誰も声を発することができなかった。 静寂ので、娘の荒い呼吸だけがスピーカーから々しく響いていた。
藤原先の顔から、瞬だけすべての表が剥がれ落ちた。 だが、次の瞬には、痛ましいものを見るような、く慈に満ちた教師の顔へと滑らかに戻っていた。
「……結さん。まだ混乱しているのね。丈夫よ、先はっていないから」
藤原先がそっとを伸ばした。 その指先が触れるよりく、娘は汚い汚物でも見るかのようにずさり、ステージの端から転がり落ちるようにしてりっていった。
には、に転がったマイクと、踏みにじられた束のセロファンだけが残されていた。
タクシーの内には、のような沈黙が充満していた。
部座席の端に縮こまり、膝を抱えて窓のを見つめ続ける娘の横顔を、私は盗み見ることしかできなかった。
制の袖から覗く首には、無数の引っかき傷がついている。