みかん小説
本棚

"四十九日の追放、母の隠し遺言" 第3話

涙をこぼしてはいけない。泣けば、あの座敷で私を嘲笑っている兄夫婦のう壺だ。 喉の奥に広がるしょっぱさを、私は唾液とともに静かにみした。

パタパタと、廊をりにづいてくる音がした。 振り返ると、台所の入りに達也さんがっていた。 には、湯気をてる湯呑みがつ握られている。

「澄子さん……」 達也さんは息を乱し、申し訳なさそうに眉をの字にげていた。 「悪い、な……俺、親族のくせに、兄さんたちを止められなくて」

達也さんは板のに膝をつき、湯気つ湯呑みを私のお膳の脇にそっと置いた。 温かいほうじ茶のりが、え切った台所の空気をわずかにらげる。

「達也さん、お茶をありがとう。……来てくれただけで、それで分です」 私が微かに微笑んで見せると、達也さんは悔しそうに唇を噛んだ。

「、伯母さんのの世話から通院の付き添いまで、全部澄子さんがで背負ってきたじゃないか。信の仕事を辞めたのだって、伯母さんの介護に専するためだったって、親族みんなってるんだ。それなのに……実から追いすなんて、あまりにも酷すぎるよ」

「いいんです。をること自体は、覚悟していましたから」 私がそう言いかけた、廊の奥から々しい音がづいてきた。

「達也! 台所で何をしてる!」

広告

仁王ちになったが、暗がりのから私たちを見ろしていた。 そのろには、腕を組んだ久代が貼り付いている。

「く席に戻れ。親族の挨拶回りがまだ残ってるんだぞ」 「兄さん……!」 「戻れと言っているのが分からないのか!」 のに、達也さんは無そうに息を吐き、私に度だけ々とをげてから、座敷へと戻っていった。

達也さんの背が見えなくなると、は台所のへとを踏み入れ、私の座る板ののすぐにった。 はスラックスのポケットに両を突っ込んだまま、見ろすようにをいた。

「澄子。ついでに言っておく」 その声には、切の躊躇もなかった。 「母さんのキャッシュカードは、から俺が預かってる」

私の体が、ぴくりと直した。 わず箸を置き、の顔を見げる。 「兄さん……というと、母が最初に倒れて、腿骨を骨折して入院したですね」

「そうだ」 は悪びれる様子もなく、先で笑った。 「あのから、母さんの財産管理は男の俺が引き継いだんだ。おみたいな独の世らずに、を持たせておくわけにはいかないからな」

「ですが兄さん、あの入院のも、そのの退院の続きも、費用の支払いはすべて――」

「の話にをすな!」 が鋭く鳴り声をげた。台所のステンレスの流し台が、びりびりと震える。

「おは、飯と呂の世話だけしていればよかったんだ。余計なことに首を突っ込むな」

の隣で、久代がせせら笑いながらを挟んだ。 「あなた、鍵のことも言っておいて」

「ああ、そうだったな」 はいしたように指を鳴らした。 「澄子、このをてくは、玄関の鍵を置いていけ。鍵も全部だ。本も持ちすなよ」

私はたい板のを見つめたまま、静かに答えた。 「鍵は……母が私に持たせた、この本だけです。鍵なんて作っていません」

久代がすかさず、嘲笑を含んだ声をかぶせてくる。 「なら、その本を置いていけばいいのよ。簡単でしょう? 鍵を返して、つでてけばいいんだから」

「……そうですか」 私はそれ以、何も言わなかった。 反論する価値もなかった。

「話は終わりだ。さっさと荷物をまとめなさいよ」 久代はそう言い捨てると、の腕を取って座敷へと戻っていった。 ざかるの靴音を聞きながら、私はえ切ったほうじ茶をんだ。 喉を通る温もりが、私のえた胃の腑へと静かに落ちていく。

母のの法は、こうして親族たちのややかな沈黙と、兄夫婦の傲な号ので、幕を閉じた。

親族たちが潮が引くようにり、実には苦しい静寂が戻っていた。 のは止む気配もなく、しとしとと庭の敷を濡らし続けている。

夜のを過ぎた頃。 私は、仏壇のある座敷の隣、母が使っていた畳に入った。 気を点けると、埃の匂いとともに、母が用していた湿布の微かな匂いがをかすめた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: