"十字の紙片と売られた生家" 第6話
『今夜、みんなが寝静まったら必ずけてみて』
『の朝までに、印鑑と通帳は絶対に渡さないで』
結菜の切迫した言葉が、私のので何度も、何度も霊のように反響しました。
なぜ結菜は、父親である健太と母親である真由美をそれほどまでに警戒しているのか。
なぜ実印と通帳を渡してはいけないのか。
健太が提示してきた、あの相からかけれたいの査定額。
あいの僻にある、見らぬ老ホームのパンフレット。
そして、来という唐突すぎるカナダ移のスケジュール。
バラバラだったパズルのピースが、吉な予という本の糸で、急速に結びつき始めていました。
私はその文字の切れを、着ていた紺のエプロンのいポケットの底へと、滑り込ませました。
そして、胸の鼓を落ち着かせるために、度きく呼吸をしました。
たい空気が肺の隅々までき渡り、混乱していた考がしずつ輪郭を取り戻していきました。
今夜、階の灯りがすべて消えるまで、私は何わぬ顔をして、いつもの「物分かりのいい母親」を演じ続けなければならない。
私はちがり、テーブルのに残されていためきったつの湯呑みを盆に載せました。
緑茶の表面はすっかり膜を張り、え切った庭の現実を無残に映ししていました。
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私は音をてないようにゆっくりと台所へと歩みをめました。
ステンレスの流し台にち、蛇をひねると、たいが勢いよく流れしました。
えたお茶を流しに捨て、スポンジに洗剤をつけて湯呑みを洗う自分の先を、私はぼんやりと見つめていました。
はもう震えていませんでした。
文字の切れがポケットの底で私の太ももに触れるたび、え切っていた私のに、確かなが宿っていくのが分かりました。
計の針は、午を指そうとしていました。
窓ののはすでにの端へと沈み、のい夕暮れが、全体を急速に濃いので包み込もうとしていました。
私は蔵庫をけ、夕の支度を始めることにしました。
いつものように根の皮を剥き、汁をとり、噌汁の具を刻む包丁の音が、静かな台所にトントンと規則正しく響きました。
その平穏を装った常の裏側で、運命の歯がきく、音をてて回り始めていることを、階で荷造りにしている息子夫婦は、まだる由もありませんでした。
台所の換気扇がく唸る音を聞きながら、私は汁を取った鍋に噌を静かに溶き入れました。
エプロンのポケットの奥くにある字の切れが、体をかすたびに太ももの布をかすかに圧迫し、え切った識を鋭く研ぎ澄まさせていきます。
午をし回った頃、階の階段からドタドタと音がりてきました。
健太と真由美でした。
はリビングに入るなり、テーブルのに並べられた焼き魚や鉢を瞥しただけで、謝の言葉つにすることなく子を引きました。
「お義母さん、これ、付けすぎません? カナダにったらこんなのともおさらばできるから清々するわ」
真由美は箸を雑にかしながら、元のスマートフォンでの産サイトや級コンドミニアムの画像を眺め、健太に見せびらかしていました。
「バンクーバーのダウンタウンに建つタワーマンション、最階のプール付きが売りにてたのよ。これなら向こうの駐員仲にも自できるとわない?」
健太はに運んだご飯をみ込むと、得げにを鳴らしました。
「ああ、いいじゃないか。このを売ったと母さんの預をわせれば、どころか括で支払っても余りがる計算だ。カナダドルの為替レートも今は悪くないしな」
健太は私の顔など度も見ることなく、平然と皮算用をにしていました。
結菜は卓の端にさくなって座り、茶碗を持ったまま、ほとんど喉を通らないご飯をただじっと見つめていました。
真由美が「結菜、あんたも向こうにけばインターナショナルスクールに通わせてあげるんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」