"十字の紙片と売られた生家" 第1話
の気配が濃くなり始めたの曜、午をし回った頃のことでした。
向きのきな掃きし窓からは、に傾きかけた朱の陽が斜めに差し込み、磨きげられた欅のフローリングのに、く引き伸ばされたを落としていました。
庭の片隅に植えられた犀のからは、どこか切なさを帯びた甘いりが、微に乗ってかすかに漂ってきていました。
にき夫の修とでこだわり抜いて建てたこのは、吹き抜けのリビングが自の、温もりある本でした。
しかし、その穏やかな午の静寂は、苦しい緊張によって音をてて張り裂けようとしていました。
リビングの央に置かれた本革の掛けソファに、息子の健太はく腰を沈めていました。
入れのき届いた革靴を脱ぎ捨て、等なビジネススラックスにを包んだ息子の姿は、かつてだらけになってこの廊をり回っていた面を完全に失っていました。
テーブルのには、私が先ほど台所の鉄瓶で丁寧に湯を沸かし、急須でじっくりと淹れたばかりの静岡茶が置かれていました。
青磁の湯呑みからは、本のい湯気がゆらゆらとちり、のを浴びて淡く透き通っていました。
健太はその湯呑みに対して、指本触れようとはしませんでした。
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湯気の向こう側にある健太の瞳は、まるで商談相を徹に値踏みする流企業の管理職そのものでした。
私はといえば、対面の掛けの子に背筋をく伸ばして腰掛け、膝のに置いた両をぎゅっとねわせていました。
の事と庭仕事で節くれだった私の指先は、の気とは違う、体の芯から湧きがるたさに震えそうになっていました。
健太は元のスマートフォンをパチンと伏せてテーブルに置くと、く息を吐きしました。
そして、私の瞳をまっすぐに見据え、切のを削ぎ落としたい声で、こう言い放ったのです。
「母さん、老ホームに入ってほしい。このも売る。来カナダにくんだ。残られると困る」
健太の唇から放たれた言葉は、乾いた銃声のように静まり返ったリビングに響き渡りました。
言葉のが、すぐには私の脳に届きませんでした。
老ホーム。
を売る。
来、カナダ。
残られると困る。
つひとつの単語が鋭利な氷の破片となって、私の胸の奥くに突き刺さっていくような錯覚を覚えました。
私は目を見いたまま、乾いた唇をかすかに震わせました。
臓が鐘のように激しく脈打ち、の奥でキーンという甲い鳴りが鳴り響き始めました。
、難産の末に産声をげた健太を初めてこの胸に抱いたときの温もりが、瞬にして脳裏をかすめました。
「お母さん、僕がきくなったら、お父さんとお母さんをずっと事にするからね」
学の入学式の帰り、さなで私の指を握りしめながらそう言って笑った幼いの笑顔が、目のの男の顔となり、そして無残に砕け散りました。
私はテーブルのにねた自分のを、さらにく握りしめました。
爪がの甲のい皮膚にい込み、鈍い痛みがりましたが、その痛みすらくじられました。
息を吸おうとしても、喉の奥が引き攣れて空気が入ってきません。
私は必に声を絞りすようにして、目のに座る息子を見つめ返しました。
「このを売るの……?」
かすれた私の問いかけは、あまりにも頼りなく、自分自のにもひどく惨めに響きました。
このは、ただのとコンクリートの塊ではありませんでした。
夫の修が脱サラし、建築資材の会社をちげて必に働き、歳の若さで胃がんで倒れるまで、族のために守り抜いたでした。
黒柱のい位置には、健太が歳の頃から毎背比べをして刻んだ傷跡が、今も黒ずんで残っています。
柱の傷を見るたび、夫は「健太も随分きくなったな、美智子」と目を細めて笑ったものでした。
そのいのすべてが詰まった所を、放すというのです。
私の掠れた声に応えたのは、健太ではありませんでした。