"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第10話
あるいは、警察署の取調に証として連され、夕方までパイプ子ので尋問を受け続けたのか。
「おはなぜ止めなかったんだ」 警察官からも、そして会社の層部からも、その残酷な問いが鋭利な刃物のように彼に突き刺さったはずだ。 止められるはずがなかった、あんな化け物をにして何ができるというのだ――のでそう叫んだとしても、世は、そして会社組織はそれを許さない。「監督責任」という名のたい文字が、彼がくかけて築きげてきた平穏なキャリアと退職を、容赦なく押し潰したのではないか。
傷を負った被害者の族への謝罪、示談の面、被害者の会社への説、そして自らの会社内での懲戒処分。専務や常務が居並ぶ役員会議の苦しい空気の、あの柄な体をさらにさく丸め、脂汗を垂らしながらをげ続ける司の姿が、ありありと脳裏に浮かんでは消えた。
そして、被害者の男性。 くたびれたベージュのトレンチコートを腕に抱え、満員の揺れに耐えかねて、ほんの数センチ、カバンの角を相の脚に触れさせてしまっただけの、あの無辜のサラリーマン。
彼の怪はどれほどのものだったのだろうか。 の骨は折れていただろうか。目の周囲の毛細血管が破裂し、網膜に損傷はなかっただろうか。
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歯は何本折れたのか。何より、突然見ずらずの男から顔面を砕されるという、理尽極まりない暴力の恐怖は、彼のにどれほどいトラウマを刻み込んだことだろう。から彼は、満員に乗ることができるのだろうか。背からの気配がづくだけで、臓がねがり、呼吸が苦しくなるようなパニック発作に怯える々を送ることになるのではないか。
そのの夜、仕事を終えて帰宅した俺は、真っ先にパソコンの源を入れた。
夕刊の面をめくり、聞社のウェブサイト、さらには警察担当記者のブログや掲示板のニュース速報板に至るまで、狂ったように検索を繰り返した。
『京 鉄 内暴力』 『鉄 サラリーマン 暴 現犯逮捕』 『朝のラッシュ 傷害事件 傷』
キーボードを叩く指先が微かに震えていた。 あれほどの事件だ。乗客数百が目撃し、内が鳴で満ち、被害者は面に血を流し、何ものがかりで取り押さえて駅員に引き渡したのだ。夕刊の面記事の片隅にでも、「鉄内で男性を殴打、傷害容疑で会社員の男(26)を現犯逮捕」といった見しがさく躍っていても、何ら議ではなかった。
だが――画面に表示された検索結果は、酷なまでに静まり返っていた。
どれだけスクロールしても、どれだけキーワードを変えて再検索しても、あの事件に該当する記事はたりともヒットしなかった。
載っているのは、の紛争のニュース、政界の汚職疑惑、芸能の倫報、そしてくれた方都で起きた空き巣のニュースばかり。
翌朝、俺は通勤途のコンビニで主な朝刊をすべて買い込み、ので面記事を隅から隅まで舐めるように読んだ。
やはり、どこにも載っていなかった。 ベタ記事と呼ばれる、聞の最段にひっそりと活字が詰め込まれる数の信すら、しなかった。
その翌も、さらにその週も、状況は同じだった。 京の鉄で起きたあの凄惨極まる暴力事件は、あたかも現実の世界では度たりとも発しなかったかのように、メディアの記録から完全に抜け落ちていた。
なぜなのか。
被害者が示談に応じ、被害届を取りげたのだろうか。 会社の名誉を守るため、あの暴力男の親族や会社組織が莫な示談を被害者に積みげ、事件を刑事事件化させずに「からへ」と葬りったのだろうか。 あるいは、現代の巨都・京において、満員の競りいからじる傷害事件など、警察にとっては「常茶飯事の雑件」のつに過ぎず、者がない限りは聞社に広報資料として配布すらされない、取るにらないの芥のような来事に過ぎなかったのか。
巨な都の暗がりにおいて、あの暴力は、まるで最初からしなかったノイズのように、何百万もの々の無関な音のに静かに吸い込まれ、永に消えってしまったようだった。