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"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第9話

それ以の成り切りを見届ける余裕は、しいかな、毎の与細に首根っこを掴まれ、宅ローンと々の活費に追われるのしがないサラリーマンである俺には、最初から残されていなかった。

俺は自嘲気に元を歪め、く息を吸い込んだ。 そして、乱れていたスーツのジャケットのをく引きわせ、ねじ曲がったネクタイの結び目を指先で乱暴に押しげた。のひらに残っていた微かな血の跡を、スラックスのポケットの奥くへと押し込み、見えないように隠した。

ピピッ。

ポケットから取りしたICカードを自改札の読み取り面に叩きつける。無質な子音とともにいたフラップドアをすり抜け、俺は鉄の階段へと向かって歩きした。

階段を駆けがるにつれて、のぬるい空気から、のの乾いたへと匂いが移り変わっていった。 にた瞬、眩しいほどの朝の太陽が網膜を焼いた。層ビル群のガラス壁が陽を反射してく輝き、には型トラックやタクシーがひっきりなしに排気ガスを撒き散らしながらき交っている。歩には、判で押したような黒や紺のスーツを着たビジネスパーソンたちが、無表のままにき交っていた。

誰も、くに張り巡らされた鉄の洞窟ので、今まさにのが理尽な暴力によって尊厳を砕され、血を流して倒れていることなどりもしない。

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世界は何事もなかったかのように、驚くほど滑らかに、残酷な精度で回転を続けていた。

俺はその常という名の巨な濁流のへ、再び自らの体を投げ込み、オフィスへと向かってりした。

――あの、あのは体どうなったのだろうか。

オフィスに着いたの午の記憶は、ほとんどく霞んでいた。 ギリギリでタイムカードを押し、や汗を拭いながら会議の準備をえ、課のたい線を背に浴びながらプロジェクターのスイッチを入れた。会議、役員たちの退屈な演説がを素通りしていくも、俺のの裏側では、あのの景が無限ループのように再され続けていた。

あの若い男は、駆けつけた駅員や警備員、そして警察官に対して、どう振るったのだろうか。 ホームにりったとき、男は空を睨みつけたまま、微だにせず憤然と佇んでいた。反省や狼狽のなど微もなく、「自分こそが理尽な接触の被害者である」という狂気の論理に全を浸していた。

警察官が複数で取り押さえようとしたとき、男は再びあの獣のような絶叫をげて暴れ狂ったのだろうか。 「触るな! 俺が何をしたっていうんだ! あいつがわざとぶつかってきたんだ!」 そう叫んで拳を振り回し、公務執妨害まで乗せされてホームのコンクリートに押し倒されたのか。

それとも、警察帳を突きつけられた瞬、張り詰めていた異常なアドレナリンの糸がぷつりと切れ、急速に萎縮してを向いたのだろうか。

いや、あの男の目に宿っていたは、そんな半なものではなかった。 社会な規範や、者への共といった性を完全に欠落させた、純粋な破壊衝の塊。仮に錠をかけられたとしても、男は唾を吐き捨て、自分の正当性を頑迷に主張し続けたに違いない。

そして、あの司だ。 胸に部と同じ青とのエナメルの社章をつけ、グレーのスーツを震わせていた、あの柄な男。

あの司は、警察官がやってきたとき、どう証言したのだろうか。 「私は止めようとしたんです」と、震える声で嘘をついたのだろうか。それとも、現実のみに耐えかねて、ただただ「わかりません、突然彼が……」とを抱えて泣き言を繰り返したのだろうか。

司のあの「腰の抜け方」は、単なる肉体な驚きではなかった。 自分の部が、公衆の面で、昼堂々と見ずらずのに傷を負わせた。その事実は、部のを破滅させるだけでなく、同していた直属の司である彼のサラリーマンをも、音をてて砕することをしていた。

会社に戻った、彼は体どんな顔をして自のデスクに座ったのか。

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