"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第7話
誰もが方ののかりだけを見つめ、互いのを空気のようにやり過ごしていた。
その完璧なまでに統制された常の景と、自らの胸ので荒れ狂う異常な悸との落差に、俺は瞬、目眩にも似た激しい覚のズレを覚えた。さっきまで見ていた鮮血、び散った唾液、の骨と肉が衝突しう鈍い破壊音――あれは本当に現実だったのか。昼でも見ていたのではないかという錯覚すらよぎる。
だが、自らのなりを見ろした瞬、現実は酷に引き戻された。
羽織っていたダークグレーのジャケットは激しいもみいで肩の縫い目が引っ張られてきく歪み、いワイシャツの第ボタンは弾けんで喉元がだらしなくいていた。ネクタイは斜めにねじ曲がり、の指先には、に倒れ込んでいた被害者のものか、あるいは男を押さえつけた際についたのか定かではない、微な赤い沫が乾きかけの斑点となってこびりついていた。
俺は迷うことなく、改札の脇にあるガラス張りの駅事務――の改札窓へとで向かった。
ガラス窓の向こうには、ネイビーの制に清潔な帳を胸ポケットに差した、代半とおぼしき若い男性駅員が座っていた。彼はに持った定期券の更用か何かの類に線を落としており、卓の端末画面を淡々と確認している最だった。
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俺は窓のカウンターに両を叩きつけるように置いた。たいアクリル板の触が、汗ばんだ掌に張り付く。
「すみません!」
自分の喉からた声は、像以に掠れ、ずっていた。
若い駅員は驚いたように肩をビクッとねげ、元の類から勢いよく顔をげた。その顔には最初、朝のラッシュにありがちな「の遅延証を寄越せ」あるいは「定期券の磁気エラーを直せ」と詰め寄ってくる横暴な客を迎えるときの、マニュアル通りの貼り付けたような微苦笑が浮かびかけていた。
だが、駅員の線が俺の荒い呼吸、乱れに乱れたネクタイ、そして鬼気迫る形相を捉えた瞬、その事務な表は瞬に凍りついた。
「すみません! いま入ってきたの内で、激しい暴力事件がありました!」
俺はガラスの窓にあるマイクの穴に向かって、息を継ぐも惜しんでまくしてた。言葉が次から次へと溢れし、唇が震えた。
「若い男が、正面にっていた乗客をいきなり方に殴り倒したんです! 鞄がに当たったとかいう理由だけで、突然キレて……何発も、顔やを狂ったように殴り続けました! 被害者の方は顔血だらけで、倒れ込んでけなくなるほどの怪をしています!」
駅員は目を見き、息を呑んだ。言葉を返そうとした唇がさくいたが、俺の勢いに気圧されて声がないようだった。
俺はさらにを乗りし、窓ガラスを指先でく叩いた。
「犯の男と、その司らしき物が、まだあそこのホームにいます! 階段をりてすぐ、方寄りの柱のにち尽くしています! 司の方は腰が完全に抜けて呆然としていて、犯の男はまだ憤然として睨みつけている状態です! 被害者の方も別の両の乗客たちに抱えられてホームへろされています! 救護が必です、く駅員さんをかせてください! 警察も呼んでください、く!」
俺の鬼気迫る剣幕、切迫した語気、そして乱れ切ったスーツの様子から、これが単なる酔っ払いの競りいや悪質な悪戯などではないことを、駅員は瞬に悟ったようだった。
「――わかりました! すぐに確認します!」
駅員の顔から若さゆえの頼りなさが消えり、引き締まった緊張のがった。彼は子を蹴るようにしてちがると、窓のカウンターのに設置されていた業務用インターホンの受話器をひったくるように持ちげた。
「事務! 緊急です、ホーム階で旅客の暴力事案発! 負傷者数の能性あり、至急ホームへ応援をしてください! 〇番通報の配もお願いします!」
受話器越しにで指示をばす駅員の声が、ガラス越しにも漏れ聞こえてきた。