"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第6話
息をえながら、男は周囲の乗客たちを威嚇するように見回し、再び沈黙の殻へと閉じこもった。
そして、そのすぐろから、信じられないほど々しい取りでホームへりてきたがあった。
司だった。
司は、のドア枠にすがるようにして、よろよろとホームへを踏みした。 その歩き方は、まるで度の貧血を起こした病のようだった。膝が笑い、元がおぼつかず、数歩歩いたところで耐え切れなくなったように、ホームのコンクリートの柱に両をついた。
グレーのスーツは汗でぐっしょりと濡れ、背がさく丸まっている。 鏡はずり落ちかけ、その奥の瞳は完全に魂を抜かれたように虚ろだった。顔は気を通り越して、のように青い。唇はに変し、乾いた喉からヒュー、ヒューと苦しげな呼吸が漏れていた。
司は、柱にをついたまま、呆然とち尽くしていた。 隣につ部を見ることもできない。かといって、逃げすこともできない。自分の部が、公衆の面で見ずらずの乗客に凄惨な暴力を振るい、警察汰になることはな事態を引き起こした。その現実の圧と、暴力そのものが放つ原始な恐怖に完全に打ちのめされ、彼の格そのものがそので崩壊してしまったかのようだった。
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空を睨みつけて憤然と佇む暴力男と、その横で腰を抜かしたまま、柱にすがってガタガタと震え続ける司。
ホームのたい蛍灯ので並ぶの姿は、あまりにも異様で、そしてグロテスクだった。 暴力を振るった若い男の狂気はもちろん恐ろしかった。だが、それと同じくらい、いや、あるではそれ以に、社会なも責任もあるはずのの男が、極限状況においてここまで無残に、れに無力化してしまうという事実が、俺のにたい鉛のような衝撃を残した。組織の肩きや、几帳面にえられたスーツなど、剥きしの暴力と狂気のには枚のほどの防壁にもならないのだという現実を、俺は見せつけられていた。
偶然にも、その駅は俺がりる予定の駅だった。
俺は乱れた自分のをえ、に落ちていた文庫本を拾いげると、ホームに佇むから距を取った。 被害者の男性は、先ほど彼を救助した乗客たちに伴われ、別の両のドアからホームへとりったようだった。くで、駅員を呼ぶ声が聞こえた。
俺は階段へ向かって歩きながら、何度も振り返った。 若い男は相変わらず腕を組み、憤然とした顔でち尽くしていた。司は柱に額を押し当てるようにして、まだ震えていた。の胸の社章だけが、何事もなかったかのように朝のを反射していた。
階のホームから改札階へと続くり階段は、まるで永に終わらない垂直の断壁のようにえた。
段、また段とい理のステップを蹴りげるたびに、太腿の筋肉が軋み、肺腑の奥底から込みげるい酸素の渇きが気管を灼いた。息ががっていたのは、ただ階段を駆けがっているからだけではない。つい数分まで、自分の両腕があの異常な力で暴れ狂う若い男の腕を力任せにねじ伏せ、全の筋肉を直させて格闘していた名残だった。袋もしていない素のひらには、男のスーツの越しに伝わってきた異常な体と、擦れってじた微細な摩擦の痛みが、傷のような痺れとなって々しく残っていた。
臓の鼓がの奥で鐘のように乱打されていた。ドクン、ドクン、と首筋の血管がねがる音が、通特のえ切った空気のなかで自分の蓋骨の内側に反響する。
俺は踊りを乱暴に曲がり、最の数段を気に駆け抜けた。
改札のフロアにびした瞬、界がけた。そこには、層のホームで起きたあの血臭い修羅など何つる由もない、常の通勤景が広がっていた。自改札が発する子音――ピピッ、ピピッというリズミカルで無質な音が幾にもなりい、何百もの通勤客が表を消したまま、定期券やスマートフォンをカードリーダーにかざして械のゲートを吸い込まれるように通過していく。