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"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第5話

男は獣のような唸り声をげながら、俺の腕を力任せに振りほどこうとする。成男性がかりで抑え込んでいるにもかかわらず、男の膂力は凄まじく、しでも気を抜けば全員まとめて弾きばされそうなほどの異常な力だった。

「ねえええッ! せよ! てめえら全員の名覚えたからな! 殺してやる! 全員ぶっ殺してやるうううッ!」

男はから血混じりの唾液を方方に撒き散らしながら、目を剥いて喚き散らした。その差しには、としての対話の余などミリも残されていなかった。純粋な悪と、制御を失った暴力のエネルギーそのものだった。

その、内では信じられないような景が広がっていた。 混乱の極みにあったはずの乗客たちが、言葉を交わすこともなく、自然発に見事な連携プレーを始めていたのだ。

代半ばとおぼしきスーツ姿の男性が、血だまりのくへ素く駆け寄った。男は躊躇することなく膝をつき、に転がっていた被害者の縁の鏡と、放りされていたナイロンのビジネスバッグを素く拾いげた。 そして、別の髪交じりの温そうな男性が、に倒れ込んでいた被害者の体を優しく抱き起こした。

「丈夫ですか! しっかりしてください!」 被害者は顔を血で染め、の付け根を異常に腫れがらせていた。

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線は定まらず、唇を震わせているだけだった。髪の男性は被害者の腕を自分の首に回し、もうの乗客が側を支えて、被害者をゆっくりとたせた。

「こっちです、あいつかられましょう。別の両へきますよ」 「カバンと鏡、私が持ってますからね! してください!」 「次の駅ですぐりましょう。駅員を呼んで、救急を配してもらいますから!」

乗客たちは、まるで訓練された救護隊のように確だった。 被害者を支える者、荷物を守る者、そして「次の駅でりなさい」と被害者を落ち着かせるように何度も背をさする者。京の鉄に乗るは淡で、に無関だとよく言われる。だが、目ので起きたあまりにも理尽な悪に対して、そのにいた々は見て見ぬ振りをすることを拒絶した。誰もが自分にできる役割を瞬に見つけし、見事な連係で被害者を暴力の現からざけていった。

被害者の男性が、支えられながら隣の両へと消えていく。連結部のい扉が閉まり、被害者の姿が見えなくなった。

そのも、俺たちはホームへ到着するまでの数分、暴れ狂う若い男を押さえ込み続けていた。 腕の筋肉が鳴をげ、や汗が背を伝う。男はなおも「せ! 殺す!」と喚き続けていたが、がかりの体には勝てず、次第にへと押し付けられていった。

やがて、の速度が目に見えて落ち始めた。 ゴオオオォォという激しい回ブレーキの音が体全体を震わせ、窓のの景が暗から、蛍灯に照らされたプラットホームのいタイルへと切り替わっていく。

「次の駅でコイツをろすぞ!」 作業着の男が息を荒らげながら叫んだ。 「ホームにして、駅員に引き渡すんだ!」

プシューッ、という圧縮空気の抜ける音とともに、ドアがいた。 朝のプラットホームの、たいが内へと流れ込んできた。

「おい、ろッ!」 俺たちは男の両腕を固めたまま、いたドアからホームへと男の体を押しすようにして引きずりろした。 ホームにいた勢の通勤客たちが、何事かと驚愕の表でをあけた。

ホームの気に触れた瞬、男の狂乱は、まるでスイッチを切られたかのようにに収まった。 男は荒々しくをよじり、俺たちの拘束を力任せに振りほどいた。俺たちのがれると、男はスラックスの乱れを直すこともせず、ただ肩をきくさせながら、そのに仁王ちになった。

その顔には、反省や悔のなど微もなかった。 男は唇を歪め、憤然とした表で、空の点を射抜くように睨みつけていた。自分こそが被害者であり、周囲のすべてが自分を理尽に攻撃してきたのだとでも言いたげな、酷で頑迷な憎悪がその瞳の奥に宿っていた。

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