みかん小説
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"全盲の義母が言い当てた味噌汁の色" 第4話

当の私は、都内の商社でがむしゃらに働き、毎のように夜残業と張に追われる々を送っていた。 母が体調を崩して入院したというらせを父から受け取ったも、私は愚かにも、 『今週はきなプレゼンがあるから抜けられないな。来週末になったら、を取ってゆっくり実に顔をそう』 などと、呑気に先延ばしにしていたのだ。 けれど――その「来週末」というは、度とやってこなかった。

ある平の昼がり、オフィスでパソコンを叩いていた私の携帯話に、本の震えるような話がかかってきた。 『……お母様の容態が急変しました。今すぐ病院に来てください』 受話器を握る指先が激しく震えた。私は類を放りし、着を引っ掴んでオフィスをびした。駅の階段を駆けり、幹線にび乗り、病院のい廊を、もつれるで何度も転びそうになりながらり抜けた。

しかし、にわなかった。 病の引き戸をけた、ベッドのには、いシーツを胸まで掛けられ、すでに氷のようにたくなって物言わぬ母が横たわっていた。

『お母さん……! ごめんなさい、ごめんなさい! もっとく来ればよかった……! 私が馬鹿だった、お母さん、目をけてよ……!』

どれほど涙を枯らして謝罪の言葉を叫び続けても、たくなった母のは度と私のを握り返してはくれなかった。

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私は母の骸に縋り付き、声をげて泣き崩れた。 伝えたい謝の言葉が、ほどあったはずだった。 社会になって初めての料で旅に連れてってあげる約束も、料理を振るう約束も、何つ果たせなかった。 仕事ばかりを優先し、もっと母のそばにいてあげていれば、もっと異変にく気づいて支えてあげられていれば、母はあんなに細く、寂しいいをしてで旅つことはなかったかもしれない。

そのに刻まれた鋭利な悔の刃は、以が経過した今でも、私の胸の奥底を激しく締め付け続けていた。 だからこそ、私は度と同じ過ちを繰り返したくなかったのだ。 今度こそ、族の誰かがっているのなら、自分ののすべてを投げ打ってでも支え抜かなければならない。 族を守り、悔のないように尽くし抜くこと――その歪んだ迫観こそが、私を義母への過剰な献へと駆りてていた正体だったのだ。

けれど、それは本当に、私がから望んだらしい献だったのだろうか。

夫の健太は、私が義母の世話をに引き受けることを、空気のように当然のことだとい込んでいた。 彼は堅メーカーの営業職として働いており、平は毎晩のように接待や残業で帰宅が遅く、休も疲れた顔をしてソファで寝転がっているばかりで、庭のことに気を配る余裕など毛なかった。

『美玲が母さんの面倒を全部見てくれるから、俺はして仕事に打ち込めるよ。本当に助かるよ』 先ではそう言って謝の言葉をにするものの、その実態は、実の母親の介護という荷を、妻である私に完全に丸投げして見て見ぬ振りをしているだけだった。

度、あまりの疲労に耐えかねて、 『健太さん、たまには週末の夕の配達だけでも、あなたがってくれないかしら』 と懇願したことがあった。だが、そのの健太の返答は、今でも私のの奥にたくこびりついている。 『はあ? 何を言ってるんだよ。俺はで朝から晩までをにして働いて、このの活費を稼いできてるんだぞ? おは専業主婦で、で毎いくらでもがあるだろ。目が見えない母さんの事を作るくらい、にいる嫁の当然の役目じゃないか。それくらいやってくれよ』

健太にとって、義母の介護は「暇な専業主婦が片にやるべき事の延」に過ぎなかったのだ。 そして私自もまた、き母への罪滅ぼしのために、『嫁として尽くすのは当然なのだ』と自分自を洗脳し続けていた。 けれど――その夫婦の歪なバランスのに成りっていた平穏は、次第に音をてて軋み始めていた。

ある初のの夕暮れ、私はいつものように来ての煮魚と酢の物、具沢の豚汁を詰めたたい提げ袋を提げて、義母のを訪れた。

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