"「死産」と告げた院長と20年目の出生記録" 第3話
私はその跡をじっと見つめた。
最、誰かがここをけた。
私はそれを記憶に刻み込み、静かにそのをれた。
廊に戻ると、向こうから鈴護師の甲い声が聞こえてきた。
彼女は私のでを止め、わざとらしく腕を組んだ。
「ちょっと、しず子さん。あっちの廊まだ終わってないんですけど」
私はモップをにしたまま、軽くをげた。
「休んでる暇があるなら、さっさとやってくれません?」
鈴護師が、見すように私のでを組んだ。
私はを殺して答えた。
「すみません。すぐにやります」
彼女はきなため息をついた。
「はあ、本当に使えないわね。ノロノロされてるとこっちも迷惑なんだけど」
私は彼女が靴音を響かせてるのを、黙って見送った。
モップの柄を握るが、くなるほど力が入る。
私は唇の内側を軽く噛んだ。
ほんのし、鉄の匂いがした。
私はので数を数える。
4、2、3、4。
私はく息を吐きした。
の震えはなかったけれど、握ったのひらのに、古いロケットの蓋を閉じたのあのさな音が残っていた。
午の清掃を始めると、物から若い護師が2、額を寄せて話し込んでいた。
私はモップをかすを止めないまま、彼女たちの声にを澄ませた。
「またあのの扉、いてたよ」
「え、やめて。あそこ先輩たちもづかないのに」
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若い護師は声をひそめた。
「昔の記録とかたくさんあるらしいよ。あの辺りだけ、やけにほこりがないのよ。誰かが掃除してるみたいなの」
もう1が震いするような仕をした。
「気持ち悪い。私、あの先にきたくない」
音がざかり、声が消えた。
私はゴミ袋のを絞り、ゆっくりと結んだ。
そののに、静かな確信がまれていた。
あの扉の先に何かがある。
私が20、こので拭き続けてきた病院ののに。
廊の突き当たりで、夕が窓をオレンジに染めている。
私はそこへ歩きながら、自分に言い聞かせるようにさく呟いた。
「まだよ、まだ」
モップを絞る音だけが、しばらく廊に響いていた。
22の記憶が蘇る。
妊娠32週の健診で、藤剛は初めて私のを取った。
私は診察台ので、彼のの触を確かめた。
あのの袖からは、消毒液ではなく、かすかにタバコの匂いがした。
当の私は、それがの功のみのようにえて、むしろ頼もしさをじたものだ。
藤は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「配しなくていい。この病院で産と決めてくれたお母さんは、みんな笑顔で退院していく」
診察の蛍灯が、藤の鏡の縁をくらせていた。
「佐藤さんもきっとそうなる」
藤は当60歳を目にしていたが、背筋が真っすぐで、声にはまだ若々しいがあった。
彼が私の腹に当てた聴診器は、とても温かかった。
護師たちは、「先がいれば丈夫」と子供をあやすように私に言った。
私も、そう信じていた。
駅から歩いて13分のこのさな産婦科が、で初めてが子に会える所になるのだと。
私はの底から堵し、彼らに命を委ねた瞬だった。
2003、私は22歳だった。
その22の記憶が、今朝の礼拝のような静けさので、に戻ってきた。
病院の2階、側の廊。
窓から差し込むのい差しが、ワックスをかけたに黄のレールを敷いていた。
私はそのをモップの先でかき消すように、ゆっくりとんでいた。
「あの、すみません」
背から声がして、私はを止めた。
振り返ると、産ケアからてきた若い護師がっていた。
彼女はマスクをしていて、名札の名はよく見えなかった。
その目はひどく疲れているように見えた。
私はモップを脇に寄せ、静かに答えた。
「はい」
彼女は申し訳なさそうにをわせた。
「3階の湯の棚、拭いてもらえますか?朝からどうも匂いがするんです。垢っていうか」
私はさく頷いた。
「わかりました。ほど向かいます」
彼女がった、私はので反芻した。
匂い。垢の匂い。
この20、私の指先は、病院という所のあらゆる匂いと戦ってきた。
消毒薬、汗、ゴミ、吐瀉物、包帯、錆びた配管、タバコの吸い殻、干からびた。
けれど、私が本当に落としたい匂いは、そのどれでもなかった。