"高卒エースを掃除係に落とした無能社長" 第14話
会の断罪
翌朝、アイリストイの本社オフィスには、代未聞の凄まじい緊張が張り詰めていた。
朝番の社内報と全社メールによって、激震のる通達が斉に配信されたからだ。
『臨取締役会における代表取締役社・倉島哲也の解任決議の件』。
就任からわずか半での撃解任。
昨夜の取締役会で、矢吹会が提した監査報告と数々の証拠――売改竄のログ、通話記録、嫌がらせの指示――のに、倉島を支持する役員はもおらず、全会致で解任が決されたのだ。
オフィス内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、社員たちは声で囁きいながら、荷物の理をめる俺のデスクを、畏怖と悔の混じった複雑な目で見つめていた。
「篠田……本当に、すまなかった」
第課の部が、青ざめた顔でをげてきた。
「俺は……社の圧力が怖くて、おが理尽な目に遭っているのをりながら、何もしてやれなかった。本当に、申し訳ない……!」
「いいんです、部。組織のにいれば、自分の活を守るのが最優先になるのは当然です。責めるつもりはありません」
俺は淡々と答え、ロッカーの私物をダンボールに詰めた。
午番、事部から「矢吹会がお呼びだ」と内線が入った。
最の挨拶をするため、俺は再び最階の会へとを運んだ。
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部に入ると、テーブルのには過分の営業成績表と、倉島が正をっていた証拠の数々が然と並べられていた。
「篠田君、来てくれたね」
会は疲れ切った顔ながらも、どこか憑き物が落ちたような穏やかな表を浮かべていた。
「昨夜の取締役会で、倉島の解任が正式に決定した。……君に最に、この資料を見てほしかったんだ」
会が指差した類には、俺が入社目でトップを取って以来、連続で首位を守り続け、直のは位にダブルスコアの差をつけて独していたという、紛れもない真実の記録が記されていた。
「君の残した跡は、誰にも消せやしないよ。……本当に、すまなかった」
「ありがとうございます、会」
俺がをげた、まさにその瞬だった。
ドォン!!
会のい扉が、乱暴に押しけられた。
っていたのは――ネクタイを歪ませ、髪を振り乱し、脂汗で顔をドロドロにした倉島だった。
「矢吹会ッ!!」
倉島は狂ったような形相で部に転がり込んできた。
「なぜですか! なぜ私が解任されなければならないのですか! 私は……私はこの会社のために、をにして働いてきたのですよ!?」
矢吹会は眉つかさず、徹極まりない差しで、そのれな元社を見据えた。
「倉島。……君は、会社の未来を背負うかけがえのない材を、なぜ切に扱わなかったのか。
答えてみろ」
「そ、それは……! こいつが実力だったからです! キッズドリームの件だって、こいつの交渉力が――」
「嘘をつくなッ!!」
会のが、鳴のように轟いた。子のから放たれたとはえないほどの凄まじい覇気に、倉島がビクッと息を呑んで退る。
「証拠はすべて揃っている! 篠田君の売を図に改竄し、嫌がらせをね、あまつさえキッズドリームの社に圧力をかけて契約を故に破談に追い込んだ! すべて君の浅ましい嫉妬が原因だ!」
「ち、違う! 私は……私はこの会社を守ろうと――」
「見苦しい言い訳はやめろ!」
会は机ののファイルをバサリと叩いた。
「私は君の能力を信じ、社の座を譲った。だが君は、自らのコンプレックスと嫉妬のために会社の信頼を売りばし、私の信頼を根底から裏切ったのだ。経営者として、最も愚かで、最も劣な選択だ!」
倉島の顔が、恐怖と屈辱でぐにゃりと歪んだ。
「そ、それでも……! 私は卒からいがってきたんです! 夜学に通って血の滲むような努力をしてきたんだ! なのに……なのに篠田のような奴が、何も苦労もせずに会にがられているのが許せなかったんだよ!」
「そこだ」
会は憐れみを含んだ声で、静かに首を振った。
「君の最の点は、者の才能と努力を真っ直ぐに認められないことだ。
学歴などという過の板に縛られ、のを引っ張ることしか考えられないに、を率いる資格などない。の真の価値は、そのと、顧客に対する誠実な結果で決まるのだ」
倉島は完全に言葉を失い、カタカタと顎を震わせてち尽くした。
会は酷に、最の引導を渡した。
「今限りで、君の社職は解任だ。……本来なら懲戒解雇に相当する背信為だが、過の功績に免じて、関連会社のおもちゃ販売への向・配置転換を命じる。現の販売員として、にちたまえ」
「しょ……販売の員……!?」
倉島の顔から、完全に血の気が引いて真っになった。
社の座から、平の舗スタッフへの転落。
「社だった私が……ただの員になれと!? ま、また篠田を特別扱いして、私を貶めるのですか!?」
「篠田君を見習うんだな」
会は厳然と言い放った。
「学歴に関係なく、臭く現とおもちゃに向きい、子供たちと顧客のために誠実に汗を流す……その真摯な姿勢を、ゼロから学び直してこい。……がりなさい!」
倉島は拳を震わせ、今にも泣きしそうな、それでいて激しい怨嗟に満ちた目で俺を瞥すると、逃げるようにして会からてった。
静寂が戻った会で、矢吹会はいため息をつき、デスクの引きしから枚の名刺を取りした。
「篠田君。……これは、私の個の連絡先だ」
会は名刺を俺ののひらに握らせてくれた。
「会社は変わっても、君と私との絆は消えない。何か困ったことがあれば、いつでも私を頼りなさい。……君のような社員と会えたことを、私はから誇りにっているよ」
「会……ありがとうございます」
俺は名刺を胸のポケットに切にしまい、々とをげた。
のすべてが報われたような、温かい涙が胸の奥を満たしていた。
最終話 それぞれのとれ渡る空
会をて、エレベーターへ向かう廊の隅に、の男が壁に背を預けてち尽くしていた。
倉島だった。
背を丸め、級なスーツを皺だらけにした元社は、俺の音に気づくと、憎悪に満ちた線をギロリと向けてきた。
これが、本当の最の対話になるだろう。
俺はち止まり、倉島のへと歩み寄った。
「……倉島さん。私の退職届は、無事に受理されたようですね」
「……ああ、受理されたよ」
倉島は吐き捨てるように言った。
「これで満か? 俺を社の座から引きずりろして、いい気だとっているんだろう!」
俺は静かに首を横に振った。
「いいえ。私はあなたに対して、復讐をしたいとったことは度もありません」
「嘘をつくな!」
「本当です。……ただ、最につだけ言わせてください」
俺は真っ直ぐに、逃げのない線で倉島の目を捉えた。
「者の力を認められない者は、結局は自分自の能性をも閉ざしてしまうんです」
倉島の目が、微かに見かれた。
「あなたは最初から、私を卒だと見し、排除しようとしていた。ですがそれは、あなた自が抱える学歴への劣等から目を背け、自分自のとしての成を拒み続けていたことと同じだったんですよ」
「な……ッ!」
「学歴や位がを決めるのではありません。どれだけ誠実に、目のの仕事と者に向きえるか……それがの本当の価値です。私は卒ですが、この、自分の仕事に度として嘘をついたことはありません。胸を張って、子供たちのための玩具を届けてきました。……あなたも、のを引っ張る暇があるなら、もっと自分自の力を信じるべきだったんです」
倉島の唇がワナワナと痙攣し、何かを言い返そうと空気を求めてパクパクといた。
だが、そこからは何の言葉もてこなかった。
彼の拠ってつ傲なプライドの根幹が、俺の言葉によって完全に砕されたからだ。
「……さようなら。お元気で」
俺は背を向け、迷いなく歩きした。
度と、振り返ることはなかった。
オフィスに戻ると、営業部の社員たちが通にずらりと並んでいた。
誰もがをげ、あるいは涙を浮かべながら、俺を見送るために待っていたのだ。
「篠田さん、今まで本当にありがとうございました!」
のが、々とをげて叫んだ。
「篠田、すまなかった……! でも、頑張ってくれよ!」
課や同僚たちが、次々と温かい声をかけてくれる。
俺は全員に向き直り、笑顔で礼した。
「皆さん、お世話になりました。体に気をつけて、良いおもちゃを届けてください」
エレベーターに乗り込み、扉が閉まる。
をげる仲たちの姿が、ゆっくりと界から消えていった。
のいが詰まったアイリストイのオフィス。
その景を最に網膜に焼き付け、俺はを向いた。
それから――ヶのが流れた。
季節は巡り、の澄んだ青空がを包み込んでいた。
俺は今、ライジングトイの営業企画部専任マネージャーとして、たなオフィスで充実した々を送っていた。
移籍初から、俺は職で培った現での見をフルに活かし、全国の販売網の再構築に着した。
そして何より――移籍からわずか週、俺は驚くべき奇跡を成し遂げた。
あの『株式会社キッズドリーム』の任役員と直接面談を取り付け、アイリストイ代に培った製品への哲学と、ライジングトイの度な発力を融させた全くしい育玩具シリーズの企画をプレゼンしたのだ。
結果は――満額での正式契約締結。
百億円規模の独占配プロジェクトは、ライジングトイのによって見事に成就し、俺は移籍初から全社表彰を受けることとなった。
「篠田さん、本当に君に来てもらって良かったよ!」
ライジングトイの社と営業部が、満面の笑みで俺の肩を叩いてくれたあの、俺の胸にはい達成が満ち溢れていた。
噂によれば、アイリストイの旧社・倉島哲也は、郊にある関連会社のおもちゃ販売へ遷された、惨な々を送っているという。
元社としてのくだらないプライドを捨てきれず、現のアルバイトや若いたちを見して指示に従わず、客に対しても横柄な態度を取り続けてトラブルを連発。
誰からも相にされず、内の倉庫で売れ残り商品の箱を埃まみれになって運ぶだけの、孤独で惨めな毎を過ごしているそうだ。自らが犯した過ちの報いを、今まさにに受けているのだろう。
プルルル……と、デスクのの内線話が鳴った。
受話器を取ると、アイリストイの職の営業第課からの、懐かしい声だった。
『……篠田か? 元気にしているか?』
「課! ご無汰しております。お元気ですか?」
『ああ……。実はな、おが抜けてから、うちの営業部の売が比パーセントにまで落ち込んでしまってね。主な取引先からも「篠田さんがいないなら社に乗り換える」と次々に契約を切られているんだ。……今更ながら、おがどれだけ巨な黒柱だったかを、社内の全員が痛しているよ』
自業自得とはいえ、古巣の凋落を聞くのはしだけ胸が痛んだ。
だが、もう俺が振り返る所ではない。
「課……皆さんに、よろしくお伝えください。矢吹会のお体も、どうか見守ってあげてください」
『ああ、分かっている。……おも、しい所で輝いてくれよ』
通話を終え、俺はデスクからちがり、窓辺へと歩み寄った。
ライジングトイのオフィスから見ろすは、どこまでも澄み渡り、の柔らかな陽がビルのガラスを黄に輝かせていた。
デスクのには、から全国の幼稚園や保育園で先体験会が始まる、作育パズルのサンプルが置かれている。
子供たちがこのおもちゃをにして、目を輝かせて笑いう姿が、目に浮かぶようだった。
「やっぱり、俺はおもちゃの営業が好きだ」
声にして呟くと、自然と元に笑みがこぼれた。
学歴が何だ。肩きが何だ。
は、自分が信じるに向かって、どこまでも誠実に、臭く汗を流し続ける限り、何度だってちがることができる。
自分らしく、胸を張ってきていく。
青くれ渡る無限の空を見げながら、俺はしい未来へ向かって、力く確かな歩を踏みした。