"高卒エースを掃除係に落とした無能社長" 第11話
退職届と度目の接触
翌朝、午。
俺は社すると、鞄から昨夜きげた退職届を取りし、胸ポケットに収めた。
向かう先は、事部のある階だ。
エレベーターをり、事部のフロアへ続く廊を歩いていると、角を曲がったところで、再びあの子とくわした。
矢吹会だった。
付き添いの護師が子を押し、リハビリから戻ってきたところのようだった。
「……篠田君」
会が俺の姿を認め、子を止めさせた。
その老いた瞳には、昨よりもさらにい憂いとしみのが湛えられていた。
「……聞いたよ。キッズドリームとの契約が、完全に破棄されたと」
「はい……」
俺はち止まり、静かにをげた。
会は元の膝掛けを震える指先でギュッと握りしめ、掠れた声で言った。
「それに……君が、退職を考えているという噂もに入った。本当なのかね?」
隠すことはできなかった。俺は胸ポケットにを当て、を決して顔をげた。
「はい。本、事部に退職届を提に参りました。……もう、今のアイリストイに、私の居所はありません」
会はを仰ぎ、喉の奥から絞りすような、くい溜息を吐いた。
「そうか……。そうか……。私が、もっとくに気づいていれば……体がかないばかりに、君のような得難い男を……みすみす追い詰めることになってしまった……」
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会の目尻から、筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
かつて代でこの会社を築きげたカリスマ経営者が、社員である俺のために涙を流して悔やんでいる。
胸がくなり、喉の奥が激しく痛んだ。
「会……どうかご自を責めないでください。矢吹会ので働けたは、私のの何よりの誇りです。本当に……ありがとうございました」
俺は々と、度の礼を捧げた。
それ以、言葉を交わすことはできなかった。これ以話せば、俺自の涙腺が決壊してしまうのが分かっていたからだ。
俺は踵を返し、事部のカウンターへと向かった。
窓の担当者に退職届の封筒を差しす。
「営業第課、篠田零司です。退職届の提に参りました」
担当者は驚いたように目を見張り、元の封筒と俺の顔を交互に見つめた、無言で類を受け取った。
「……確かに、受理いたしました」
その事務な言によって、俺のに及ぶアイリストイでのキャリアは、公式にピリオドを打たれることとなった。
自席に戻ると、パソコンの画面に着メールの通がポップアップしていた。
差は――『代表取締役社 倉島哲也』。
件名:【至急】社へのこと。
最の呼びしか。
俺はく呼吸をし、乱れたスーツの襟元を正すと、迷いのない取りで社へと向かった。
ドアをノックする。
「入れ」
へ入ると、倉島はきな窓際にち、腕を組んでの並みを見ろしていた。
振り返ったその顔には、の怨敵を完全に社会に抹殺し終えたという、醜悪極まりない優越と勝利の笑みがこれ見よがしに浮かんでいた。
「事部から連絡があったよ。……退職届をしたそうだな」
倉島は机に戻り、社専用の革張りシートにドサリと腰掛けた。
「はい。御社のご期待に沿えないようですので、本付で退職の続きを取らせていただきました」
俺が事務に答えると、倉島はフンと嘲笑をから漏らした。
「そうか。ったよりもあっさりと引きがるものだな。もっと泣きついてくるかとっていたが……案、腰抜けだったわけだ」
侮辱の言葉が投げつけられる。だが、今の俺のには、りすら湧いてこなかった。ただ、目のの男の器のささに対する、底れぬれみだけがあった。
「まあ、君のような無能な卒が消えたところで、が社の台骨は何つ揺るがんよ。こんな簡単に逃げすような奴じゃ、社に拾われることもないだろうがね。ハハハ!」
笑いが社の壁に反響した。
俺は無言でち尽くしていた。何を言っても無駄であり、反論する価値すらないと分かっていたからだ。
だが――倉島の狂気は、それだけでは終わらなかった。
倉島は引きしから通のメモを取りすと、鏡を指先で押しげながら、さらに畳み掛けるようにをいたのだ。
「……ところで、篠田君。君が以から、ライジングトイと裏でコソコソとコンタクトを取っていたことは、すべてっているんだよ」
ピクリ、と俺の眉がねがった。
「驚いたかね? この業界のネットワークを舐めてもらっては困るな。君が裏切りを企てていた証拠など、いくらでも入ってくるんだよ」
倉島はニヤニヤと笑いながら、机のに肘をついた。
「だがね、無駄だよ。……私は先ほど、ライジングトイの社宛てに、直々に本の話を入れたところだ。『もし、が社を懲戒同然で追われた篠田という男を雇うのなら、が社とライジングトイとのにあるすべての共同事業および部品供ラインの取引を、今限りで完全に断絶する』とな」
瞬、のの血の気が引いた。
ライジングトイとアイリストイは、競関係にあると同に、玩具用モーターや型の共同仕入れにおいて、にわたる相互依の取引関係を結んでいた。もしその取引が断絶されれば、ライジングトイ側にも数億円規模の損害がる。
「お、脅迫ですか……!?」
俺の声が震えた。
「ビジネスにフェアも何もない。結果がすべてだと言ったはずだよ」
倉島は酷に言い放ち、机をバンッと叩いた。
「おが負けたんだよ、篠田! おのような気な卒が、社で再起するなどというは、私が完全に叩き潰してやった! おの営業は、ここで完全に終わりだ!」