"高卒エースを掃除係に落とした無能社長" 第8話
崩れる案件
受話器を叩きつけるように置いた俺は、子を蹴ててちがった。
フロアの社員たちが驚いて斉にこちらを見るが、もはや周囲の目など気にする余裕は抹もなかった。
俺は廊を股で突きみ、社の扉へと向かった。
すれ違った営業第課の部が、俺のただならぬ形相に気づき、慌てて腕を掴んできた。
「おい、篠田! 落ち着け! その顔で社に入る気か!? 何があったんだ!」
「してください、部」
俺は腕を振り払った。その声のさに、部が怯んで退る。
「会社の命運をする案件を、あの男が自分の私怨で握り潰しました。……確かめてきます」
部の制止を振り切り、俺は社のい扉を、ノックもせずに力任せに押しけた。
バァン!と蝶番が鳴をげる。
部の奥、巨な執務机に座っていた倉島は、受話器をに当てて誰かと嫌で話している最だった。
突然乱入してきた俺の姿を界に捉えると、倉島は通話を切り、ゆっくりと受話器を置いた。その唇には、獲物を罠にハメて仕留めた狩のような、醜悪極まりないニヤリとした笑みが浮かんでいた。
「なんだね、篠田君。社にノックもせずに入ってくるとは。……卒のは、礼儀作法も弁えられないのかね?」
机を挟んで倉島のにち、俺は両を机に叩きつけた。
広告
「なぜ、キッズドリーム様に直接連絡を入れたんですか」
く、震える声だった。喉の奥から絞りすように問い詰める。
「あの契約は、先代の矢吹社の代から、私が以の歳をかけて現と折衝し、仕様を詰め、ようやく漕ぎ着けた百億円規模の最案件です。なぜ……なぜ社自ら、撤回するような連絡を入れたんですか!」
倉島は眉つかさず、優雅に背もたれに体を預けた。
「私が社だからだよ」
平然と言い放った。
「私はこのアイリストイの最経営責任者だ。会社の命運に関わる契約に対し、備があれば指摘し、必とあれば誰にでも直接連絡して正す権利がある。当然のことだろう?」
倉島は机の端に置かれていた契約のドラフトを指先で弾いた。
「君の作成した契約条項には、が社に対する利益還元の面で幾つかのな欠陥があった。私はそれを正当に指摘し、再考を促したに過ぎんよ」
「嘘をつくなッ!」
俺の号が社の防音壁を震わせた。
「そのドラフトは、法務部も財務部も精査し、役員会でも度承認がりているものです! 利益率も納期スケジュールも、が社にとってこれ以ない利な条件でまとまっていた! 欠陥など、どこにもしない!」
倉島はフンとを鳴らし、ちがると、俺の顔の真んに自分の顔をづけてきた。
鏡の奥の瞳には、酷でドス黒い嘲笑が渦巻いている。
「仮にそうだったとして、それがどうした?」
倉島は元で囁くように言った。
「相がへそを曲げて契約を見送ると言ってきたのなら、それは君のこれまでの交渉力と、としての信用がりなかったというだけの話だ。……やはり君には、会社の台骨を背負うような仕事は荷がすぎたようだな」
倉島は歩がり、これ見よがしに両を広げてみせた。
「これで社内の全員にも、はっきりと証されたわけだ。君は実績をしているを装っていただけの、ただの無能な落ちこぼれだということがね」
落ちこぼれ。
その言葉を、倉島は勝ち誇ったように舌ので転がした。
「さあ、分かったらていきなさい。君の汚い顔を見ているだけで、部の空気が濁る」
俺の拳は、鬱血してに変するほどく握りしめられていた。
殴りばしてやりたかった。この男の歪んだっ柱に渾の拳を叩き込み、その傲な仮面を々に砕してやりたいという衝が、全の筋肉を激しく震わせていた。
だが――。
ここでをせば、俺はただの犯罪者になる。理尽な悪に暴力で応じれば、これまで俺が積みげてきたの誠実な仕事のすべてが、真に無価値なものへと堕ちてしまう。
俺は奥歯をギリギリと噛み締め、辛うじて拳をろした。
「……失礼いたします」
それ以、言葉を交わす気力すら失せていた。
俺は静かに背を向け、社をた。
自席へと戻る廊を歩きながら、胸が締め付けられるような激しい痛みがっていた。
キッズドリームとの契約が破綻すれば、今期の営業利益は激減する。それ以に、あの男がこの会社に居座り続ける限り、どんなに誠を尽くして築きげた仕事も、すべてあいつの私利私欲の贄に捧げられるのだ。
自分のデスクに戻り、鍵のかかる番の引きしをけた。
そこには、あのからずっと忍ばせていた、枚のい封筒があった。
『退職届』。
ペンを握る指先が、微かに震えていた。
窓のでは、のたいが激しさを増し、ガラスを激しく叩きつけていた。
。俺がし、誇りを持ってり抜けてきたアイリストイでの々が、濁流のような理尽に押し流されていく。
「……本当に、これで終わりなのか」
呟いた声は、激しい音にかき消されて誰のにも届かなかった。