"高卒エースを掃除係に落とした無能社長" 第5話
競からの誘いと気な勤
ディスプレイに表示された番号を見て、俺は息をえた。
『ライジングトイ株式会社・営業部』。
業界第位のシェアを誇る、アイリストイの最の競社だった。
「……もしもし、篠田です」
『やあ、篠田さん! お忙しいところ突然申し訳ありませんね』
受話から響いてきたのは、ライジングトイの営業部を率いるベテラン部の、活で力い声だった。
以、業界団体の展示会で同プロジェクトを担当して以来、その部は俺の現でのち回りや顧客との折衝力をく評価してくれており、半から「うちに来て、もっときな裁量で勝負してみないか」となスカウトの声をかけてくれていたのだ。
『実はですね、例の件について、うちの社とも再度話を詰めましてね。篠田さんが来てくださるなら、営業企画の専任マネージャーのポストを空けて待とうという結論になったんです。アイリストイさんでのご活躍は々承していますが、もし……しでも環境を変えたいといういがおありなら、いつでもび込んできてください』
温かい、そして俺の実力を真っ直ぐに見据えてくれた言葉だった。
今の俺の状況からすれば、まさに渡りにの申しと言えた。今すぐこの舟のような職を捨て、自分を求めてくれる所へ移籍してしまえば、どれほど気が楽になるだろうか。
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だが――。
「……過分なご評価をいただき、本当に栄です」
俺は唾をみ込み、慎に言葉を選んだ。
「ですが、変申し訳ありません。現点でまだ社内の引き継ぎや、抱えている幾つかの案件の理がついておりませんで……。勝を申しげますが、もう数だけ、検討のおをいただけないでしょうか」
『なるほど、最まで自分の案件に責任を持つ。実に篠田さんらしいですね。分かりました、私たちはいつでも待っていますよ。良いお返事を期待しています』
通話を終え、スマートフォンをデスクに置く。
すぐにびつかなかったのは、単なる未練ではなかった。
俺には、まだこので完結させなければならない、巨な仕事が残されていたからだ。
――『株式会社キッズドリーム』との、世代育玩具シリーズの独占配契約。
国内最の玩具専チェーンであるキッズドリームと、以の歳をかけて膝を突きわせ、先方の社や現のたちと幾度も試作と検証をねて築きげてきた、総額百億円規模の国プロジェクト。
この契約が正式に調印されれば、アイリストイの今の台骨が盤になる。
先代の矢吹会と交わした最の約束でもあった。
「この商談だけは、何があっても俺ので成就させなければならない……」
退職届をすにしても、この案件を無事に着させ、輩たちに引き継いだでなければ、営業としての誇りが許さなかった。
だが、翌朝勤した俺を待っていたのは、さらに異様さを増したオフィスの空気だった。
午分。
オフィスフロアの自ドアをくぐった瞬、ざわついていたフロアの空気がピタリと静まった。
デスクに座っていた同僚たちが、俺の姿を界に捉えるなり、示しわせたかのようにパッと目を逸らし、自然にキーボードを叩き始める。
昨まで気軽に「篠田さん、おはようございます」「昨の案件、相談に乗ってください」と声をかけてきていた輩たちまでもが、怯えたように線を落としていた。
らかに、何かが起きていた。
俺が自分のデスクに鞄を置いた直、内線話がけたたましく鳴った。
受話器を取る。
『篠田君。今すぐ社に来なさい』
徹な倉島の声だった。返事をするもなく、ガチャリと通話が切られた。
俺は息をえ、ジャケットのボタンを留めると、い取りで社へと向かった。
磨きげられた分いマホガニーの扉をノックする。
「入れ」
へ入ると、倉島は巨な革張りシートにくもたれかかり、優雅にコーヒーカップを傾けていた。机のには類の枚すら置かれていない。
「……失礼いたします。お呼びでしょうか」
倉島はカップをソーサーにコトリと置くと、蔑むような笑を浮かべて俺を見げた。
「篠田君。……君は、まだ辞めていなかったのかね?」
臓を直接針で突かれたような覚がした。
「昨の今だ。てっきり今朝番で退職届を持ってくるものとっていたのだがね。随分と面の皮がいようだ」
「……引き継ぎの準備と、担当している案件の捗確認をっております。無責任に投げすわけにはいきません」
「ふん、言い訳だな」
倉島はちがり、ポケットに両を突っ込んだまま俺のへと歩み寄ってきた。
「まあいい。君がまだこの会社に居座るというのなら、それ相応の役割を与えなければならん。営業成績が部内最位の落ちこぼれに、顧客のに向くようなな営業活をさせるわけにはいかないからな」
倉島は顎をしゃくり、部の隅に置かれた清掃用具のロッカーを指差した。
「今から君には、この社の毎朝の清掃を担当してもらう。のモップがけ、机の拭き、ゴミ箱の処理……すべて毎朝までに完璧に済ませておくことだ。分かったね?」
「……社の清掃、ですか」
「そうだ。何か満でもあるのかね? 営業で数字をせない無能な社員は、の臭い雑用で会社に貢献してもらわなければ困るんだよ。
卒の君には、お似いの仕事だろう?」
嘲笑が、密閉された社に響き渡った。
握りしめた拳の爪が、のひらの皮膚にくい込んだ。
血が滲むような痛みを覚えながら、俺はただじっと、傲に歪む倉島の顔を見据え続けた。