"月二十五万を貪る偽装役員一家の転落" 第2話
の歩みと結婚式
玄関のには、文夫の革靴の跡だけが虚しく残されていた。
閉ざされた鉄の扉の向こうから、瞬、ミクの切り声のような叫びが聞こえた気がしたが、それもすぐにざかり、やがて完全な静寂ががを包み込んだ。
リビングへ戻ると、テーブルのの料理たちが、まるで残酷な冗談のように並んでいた。
ミクの好物ばかりを並べたご馳。丹精込めて作った角煮は、ちっていた湯気をすっかり失い、表面の脂がく固まり始めていた。鮮やかな刺の角は乾き、揚げたての唐揚げを待つだけの油鍋は、を落とされたままえ切っている。
何が起きたのか、私のは完全に処理を拒絶していた。
玄関を見ると、夫の文夫が靴を脱ぎもせず、壁にをついてち尽くしていた。
その広い背は、刻みに、しかしはっきりと震えている。
「あなた……」
恐る恐る寄り、夫の横顔を覗き込んだ。
息を呑んだ。文夫の顔からは完全に血の気が失せ、まるでのように真っ青だった。握りしめられた両拳はく張り、爪がのひらにい込んで鬱血している。
「あなた、どうしたの……? なんで、ミクたちにあんなことを……」
私の震える声は、自分のものではないように掠れていた。
文夫は、誰よりも温なだったはずだ。理尽に声を荒らげることなど、これまでので度としてなかった。
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会社でも庭でも、常に歩引いて周囲を気遣う、誠実そのものの夫だったのだ。
私たち夫婦は、結婚してから以、脚で歩んできた。
決して裕福な暮らしではなかった。文夫は堅企業の真面目なサラリーマン、私は専業主婦。バブル崩壊や度なる況の波に揉まれながらも、で恵を絞り、爪にを灯すようにして節約をねてきた。
はに度あるかないか。着るものも流を追わず、文夫のスーツは擦り切れるまで丁寧に入れして着続けた。私の化粧品やも、常に価な実用品ばかり。
それでも、私たちは幸だとったことは度もなかった。
穏やかで、温かな庭。そして何よりも、私たち夫婦には、たったつの、かけがえのないきがいがあった。
娘の、ミクだ。
自分たちの贅沢はすべて回しにした。自分のを買うを削ってでも、ミクには綺麗なを着せたかった。学したいと言えば惜しみなく学費を用て、学代に「英語を学びたいから留学したい」と言いしたも、文夫は嫌な顔つせず、夜遅くまで残業をねてその費用を捻した。
娘のぶ顔が見たい。娘の望む未来を、親として何でも叶えてあげたい。
そのだけで、私たちはというを懸命にり抜けてきたのだ。
そんなミクが、半、悠さんを紹介してきたのことは鮮に覚えている。
『お父さん、お母さん。私、このと結婚したいの』
連れてこられた悠さんは、清潔のあるスーツを着こなし、礼儀正しい調で将来の展望を語る青だった。自分はく起業する予定であり、ミクを絶対に幸せにすると、力く文夫の目を見てをげた。
そしてミクは、目を輝かせながら私たちにねだったのだ。
『お母さん、私ね、昔からだったの。おみたいな専式で、最に豪華な結婚式を挙げたいの。に度のお願い。お願い、叶えて……!』
提示された式の見積もりは、眩暈がするほどの額だった。数百万円にのぼる挙式費用、そして豪華な婚旅の代。
普通なら、の丈にわないと断るべきだったのかもしれない。
しかし、ミクの懇願するような瞳と、悠さんの頼もしげな笑顔を見せられた私たちは、迷うことなく通帳の封を切った。文夫がかけて積みててきた退職の借り分と、私たちの老のための貯蓄のほとんどを叩き、結婚祝いとしてにプレゼントしたのだ。
式当、純の豪奢なドレスにを包み、まるでお姫様のように輝くミクの笑顔を見た、文夫は目を憚らず涙を流していた。
『かよ子、ミクが幸せになってくれた。俺たちのやってきたことは、違いじゃなかったな』
夫のあの言葉に、私の胸も温かい幸福でいっぱいになった。
自分たちの老資が底をつこうとも、娘の幸せなを見届けられたのなら、それで分だとからえた。
それなのに――。
あのから、まだほんのヶしか経っていないというのに。
なぜ夫は、あんなにも待ち望んでいた娘の里帰りを、あんな凄惨な言葉で叩き潰したのか。
「あなた、お願いだから答えて……。何があったの……?」
私の問いかけに、文夫はゆっくりと、軋む械のように首を巡らせた。
焦点のわない瞳が、私の顔を捉える。
そして、喉の奥から絞りすように、掠れた声を発した。
「かよ子……。落ち着いて聞いてくれ。俺は……聞いてしまったんだ」