"操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者" 第7話
秤の命と分の移
「京まで持たないの?」
絵里は青ざめた。
「このままでは、滑の直で両方のエンジンが止します。エンジンが止まれば姿勢を維持する段を完全に失い、私たちはに落ちます」
佐藤はノートをく握りしめた。
滑まであと分。
だが、燃料計の針はもはや分も持たないことを示していた。
絵里は振り返り、客のドアを見つめた。
乗客たちは側に固まり、静かに絵里の言葉を信じて耐えている。
「佐藤さん」
絵里はい声で言った。
「空気抵抗を減らして、燃料を節約する方法はないの?」
絵里の問いに、佐藤はいをいた。
「体を平に戻すしかありません。つまり、乗客を元の座席に戻す」
「でも、それだとエンジンの温度ががってを吹くわ!」
「そうです。だからこれまではできなかった」
究極の選択だった。
乗客をに置いたままなら、燃料が尽きて落ちる。
乗客を元に戻せば、エンジンが焼き切れて落ちる。
百の命は、つのの狭に完全に挟み込まれていた。
絵里はつの赤い警告ランプを交互に見つめた。
エンジンの異常温と、燃料切れの警報。
どちらを選んでも、待っているのは確実なだ。
窓のには、京ののかりが絨毯のように広がっている。
あそこに、何百万というが暮らしている。
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自分たちの決断つで、そのの真んにの玉となって墜落するのだ。
「佐藤さん……」
絵里の声は自分でも驚くほど々しかった。
「に何か、計算の裏はないの?」
佐藤はキーボードからをし、さく息を吐いた。
常に正確な械のようにいていた彼女が、初めて見せた疲労の入り混じった仕だった。
「魔法はありません。物理な限界です」
佐藤は計器盤の端にあるデジタルタイマーを指差した。
「燃料が尽きるまで、あと分。エンジンが限界温度に達してを吹くまでも、ほぼ同じです」
佐藤は画面を見据えた。
「唯のルートは、このつののを、同に滑の端まで引き延ばすことです」
「どうやって?」
「内のをしずつ央へ戻すんです」
佐藤は分いノートの余に、しい図を素く描いた。
「乗客百を気にへ戻せば、エンジンが燃えます。に置いたままにすれば、空気抵抗で燃料が尽きる。だから……分ごとにずつ、正確に元の側の座席へ移させる」
佐藤は絵里の目を見た。
「温度ががりそうになったら止め、燃料が減りすぎたらかす。乗客を、体のバランスを微調するための『り』として使います」
佐藤の目が鋭さを増した。
「しでもタイミングがずれれば終わりです」
絵里は息をんだ。
それは机の空論よりもさらに恐ろしい計画だった。
激しく揺れる内で、恐怖に怯える乗客たちに、秒単位で移と止を繰り返させる。
もし誰かがパニックを起こして通へりせば、その瞬にバランスが崩れて墜落する。
「そんなこと、できるわけがないわ……」
絵里は壁にをついた。
の震えが止まらなかった。
「彼らは軍の特殊部隊じゃない。ただの旅者や子供連れの族よ。極限の恐怖ので、私の指示通りに糸乱れずくなんて能だわ」
絵里の脳裏に、く封じ込めていた過の失敗が蘇っていた。
かつて内でさな災騒ぎが起きた、彼女は乗客を力づくで席に押し込めた。
パニックを防ぐための正しいリーダーシップだと、自分に言い聞かせた。
しかし結果として、力で押されたの老が転倒し怪を負った。
を力で完全にコントロールすることなどできない。
それが彼女のに刻まれたいトラウマだった。
だからこそ、今回はい言葉と嘘ので乗客を縛りつけてきたのだ。
「川さん」
佐藤が絵里の目をまっすぐに見据えた。
「私はこの体を、滑の正面に運びます。でも、内のバランスは私には計算できません」
佐藤はペンを置いた。
「のは、プログラムではないからです」
佐藤は自分の使い古されたノートをポンと叩いた。
「私の仕事はここまでです。ここから先は、あなたの仕事です」
絵里は、佐藤の真っ黒に汚れたさなを見た。
本の町の職たちが残した数字。
佐藤はその限界をり、限界の先にあるのを絵里に託しているのだ。
絵里は自分のを見た。
力でねじ伏せるためのではない。
誰かを信じ、委ねるためのだ。
分ごとに。
絵里はインターホンを壁に戻し、操縦のいドアをけた。
客は異様な空気に包まれていた。
側に折りなるように座り込んだ百の乗客。
内は暗く、属がきしむ気な音だけが響いている。
誰もが疲れ果てたうつろな目で絵里を見た。
絵里は通の央にった。
内放送のマイクを握る。
いつもならここで、作り物のるい声をす。皆様ごください、と。
しかし絵里は、マイクをに置いた。
百の顔を直接見渡し、肉声で語りかけた。
「皆さん、聞いてください」
絵里の静かな声が、客の隅々まで響いた。
「嘘はつきません。今、私たちは絶体絶命の状況にあります」
乗客のから、息をむ音が聞こえた。
子供を抱きしめる母親のが震える。
塚が顔をげ、絵里を鋭く見つめた。
絵里は逃げずに言葉を続けた。
「このままでは、あと分で燃料が尽きます。助かるための方法はただつ。皆さんの力を貸してください」
絵里は腕から自分の腕計をし、く掲げた。
「これから私の図で、分ごとにずつ、元の側の席へ戻ってもらいます。決してらないでください」
絵里はひとりの目を見た。
「ち止まれと言ったら、そのでかないでください。皆さんのきが、こののエンジンの代わりになります」
客はざわめいた。
真っ暗なで、そんな移ができるわけない。
どうせ落ちるなら、もうこのまま祈らせてくれ。
恐怖に押しつぶされた声が次々とがる。
絵里はくをげた。
「プロとして、皆さんにを与えないことが私の仕事だとっていました。でも、今は違います」
絵里は顔をげた。
「操縦では今、の本技術者が命がけで体を支えています。私たちも、彼女の計算に応えなければならない」
絵里の目には、もう作り物のリーダーシップはなかった。
ただ共にき残ろうとするのの、むきしの願いだけがあった。
「私たちならできます。私を信じてください。そして、隣のを信じてください」
い沈黙が流れた。
エンジンが苦しげに唸る音だけが聞こえる。
その沈黙を破ったのは、塚だった。
彼はゆっくりとちがり、絵里の横に並んだ。
「俺は型に乗っていたから分かる」
塚は乗客たちに向かってい声で言った。
「今、このがんでいること自体が異常な奇跡なんだ。の席にいる技術者と、このチーフパーサーが命を削って繋いでいる。俺たちの命だ。俺たちで守らなくてどうする?」
塚は絵里を見た。
「俺が最初のをまとめる。図をしてくれ」
絵里は力く頷き、腕計の秒針を見た。
カチリというさな音が、反撃の始まりだった。
「最初の列から列目まで、ゆっくりとへ移!」
絵里の指示で、乗客たちがちがった。
揺れる内で互いの肩を支えい、を引きいながら歩ずつ通を渡る。
「ゆっくり。急がないで」
そのままが側の列に座り込んだ瞬、体がへきく傾こうとした。
「止まって!」
絵里が叫ぶ。
全員がそのできをぴたりと止めた。
数秒、操縦の佐藤がトリムホイールを調し、体が再び平に戻る。
「成功だわ……」
絵里はさく呟いた。
計の針は容赦なくんでいる。
滑まであと分。
百の命を乗せた巨な秤の調が始まった。
「次の、へ移して!」
絵里の図で、第陣の乗客がちがった。
暗い客ので、というの塊がく。
それは単なる移ではない。
速800キロで夜空をぶ定な巨な鉄のチューブので、数トンのりが気に所を変えることをしていた。
体がギシギシと気なきしみ音をげる。
がへ偏り、がぐらりと傾こうとした。
「そのまま止まって!」
絵里が叫ぶ。
乗客たちが通できを止め、互いの腕や座席の背もたれにしがみついた。
数秒の空。
操縦の佐藤がその量変化を計算し、エンジンの力とトリムホイールを同に微調する。
ズン、というい振と共に、が再び平を取り戻した。
「よし、そのまま席へ座って」
絵里の指示で、が側の座席へ滑り込む。
計の針がさらに分んだ。
絵里の制は、すでにたい汗で皮膚に張り付いていた。
極度の緊張が、全の筋肉を削り取っていくようだ。
しかし彼女は姿勢を崩さなかった。
「第陣、移始!」
指示をしながら、絵里は自分自の変化に気づいていた。
かつての彼女なら、この異常事態ので、乗客を管理すべき危険なとして見ていたはずだ。
パニックを起こさせないためにい言葉で縛りつけ、命令でかす。
それがプロの客乗務員としての正しいリーダーシップだと信じて疑わなかった。
しかし今、彼女の目のでいている乗客たちは、誰として怯えて泣き叫んだりしていない。
柄な塚が通の央にち、元がおぼつかない老の背を無言で支えている。
若い女性が、見らぬ子供のを引いて誘導している。
誰もが、自分のさなが百の命をするという事実を理解し、完璧なチームとして能していた。
力でねじ伏せるのではなく、真実を共し、彼らのさを信じること。
絵里は異国のさな技術者から、その本当のリーダーシップの形を学んでいた。
「第陣、完しました!」
輩の客乗務員が通の奥から図を送る。
これで百が移を終えた。
絵里は度操縦へ戻り、佐藤の背越しに計器盤を確認した。
エンジンの温度計。
異常加を示す赤いラインに触れるか触れないかのギリギリの所で、針が完全に止している。
乗客の移によるの調がエンジンの負担を劇に減らし、炎をい止めたのだ。
「佐藤さん、残りは最のよ」
絵里の報告に、佐藤はキーボードからをさずに答えた。
「エンジンの温度は持ちこたえました。しかし、別の限界が来ました」
佐藤の線の先にある計器盤の端。
燃料計の赤いランプが、気な点滅を始めていた。