"元義母の誤爆着信と暴かれた花婿の嘘" 第3話
誰にも見えない誇り
だが――俺には、社内の誰としてらない顔があった。
毎朝、午。
の空がようやくみ始める頃、まだ気のない瑞穂製作所の正を、俺はでくぐる。
タイムカードを静かに通し、暗いの照を最限だけ点灯させる。
静まり返った広なには、え切った鉄と潤滑油の匂いが漂っていた。
俺はこの静寂のが、何よりも好きだった。
「おはよう、今も頼むぞ」
巨な軸自旋盤のたい属フレームにそっとのひらを添え、ので語りかける。
始業までの半、俺は誰に命じられるでもなく、製造ラインの械を基ずつ、ミリ単位で点検していくのが課だった。
モーターの回転音に混じるわずかな異音、ベアリングの微細なガタつき、の稼働ログに残された圧の微な揺らぎ、油圧シリンダーの圧力変化。
の経験と指先の覚だけを頼りに、械のコンディションを完璧に読み解き、微調を施していく。
のデータ記録を精査し、摩耗の兆候が見られる消耗部品をもって交換し、具の刃先を研磨する。
誰も見ていない。タイムカードの朝勤当をつけているわけでもない。当然、会社の誰としてこの仕事を評価などしてくれない。
それでも、俺はこの仕事に、技術者としての絶対の誇りを持っていた。
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ある朝のことだ。
メイン製造ラインの制御盤の内部をけ、テスターを当てて回を調べていた俺は、温度センサーが示す抵抗値が、規定値からわずかにれているのを見逃さなかった。
「……これは、まずいな」
気温の変化と経劣化により、センサーの測定誤差がわずかにじていた。放置すれば、本番稼働に炉の温度が数度狂い、処理の程で属の度にバラつきがじる。結果として、何百個という製品が目に見えない良品となって世にてしまうところだった。
俺はすぐさま具箱から専用の精密ドライバーを取りし、センサーのキャリブレーション(正)をい、制御プログラムの設定値を現の最適値へとき換えた。
作業を終えた頃には、額にじんわりと汗が滲んでいた。
始業のベルが鳴り、社してきたオペレーターたちが何わぬ顔でスイッチを押す。械は寸分の狂いもなく、完璧な精度で部品を削りしていった。
誰も気づかない。俺がもって防いだ危のきさを、誰もる由もない。
だが、それでよかった。
俺がやっているのは、川部に褒められるためでも、世のためでもない。
このラインから荷される精密部品が、医療器や自のエンジンといった、命に関わる製品の臓部として使われることをっているからだ。
製品の品質を守る。それこそが、技術者としての俺の矜持だった。
そんなあるのことだった。
品質管理部で、吉田まみが担当していたデータの集計において、なミスが発覚した。
「おい、吉田! これはどういうことだ!」
フロアの奥から、川部の苛った声が響き渡った。
「顧客へ提する次の荷検査データが、数値が抜けていてめちゃくちゃじゃないか! なぜ測定項目が丸ごとつも空になっているんだ!」
「えっ……? で、でも、私はちゃんと端末に入力したはずで……」
吉田は顔を真っ青にしてごもり、指先を震わせていた。
彼女がの抜き取り検査の際、おしゃべりにになって測定を怠り、適当な数値をから埋めわせようとして忘れていたのはだった。
このままでは、翌朝の顧客への納品レポートがにわない。瑞穂製作所の品質保証体制そのものが問われる失態だった。
「今に辻褄をわせろ! の朝番に客先へ送信するんだぞ!」
川部に鳴り散らされ、吉田はフロアの隅で泣きそうな顔をして俯いていた。
そのの夜。
全員が定で退社し、暗くなった事務所で、俺は残業をしていた。
放っておけば、吉田が叱責されるだけで済む話かもしれない。頃の彼女の傲な態度をえば、自業自得だと切り捨てることもできただろう。
だが、完全なデータで荷された製品が、万がにもでトラブルを起こせば、傷つくのは会社の信用であり、最終製品を使う井の々なのだ。
「……やるしかないか」
俺はため息をつきながら、保管倉庫からの検査ロットの現物サンプルを数個引っ張りしてきた。
マイクロメーターと次元測定をちげ、夜の静寂ので、黙々と測定をやり直した。
膨な測定データを台ずつ入力し直し、していたグラフと統計値を補完し、完璧なフォーマットの品質保証レポートを夜過ぎに完成させた。吉田のパソコンの共フォルダへそっと保し、俺は静かに事務所をにした。
翌朝。
社すると、フロアの向こうで川部が満げに頷いていた。
「吉田、よくやった! 昨夜のうちに完璧に修正したようだな。やっぱりおは、いざというに頼りになる優秀な社員だ」
「ふふっ、ありがとうございます部! 私、昨は必で頑張っちゃいました!」
吉田は何わぬ顔で胸を張り、得満面の笑みを浮かべていた。
自分が裏で誰に助けられたのか、データがなぜ完璧に揃っていたのか、疑問にすらっていないようだった。
俺はくの席から、その茶番劇を黙って見つめていた。
柄を横取りされた悔しさがなかったと言えば嘘になる。
だが、この歪んだ組織で評価を求めることの虚しさにも、俺はもうすっかり慣れきっていた。