"「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転" 第1話
夜零を回ったリビングに、油の切れた鍵が擦れう音が響いた。
玄関のドアが乱暴にき、たい音が廊をんでくる。ソファの端で膝を抱えていたかな子は、肩を張らせてゆっくりと顔をげた。ドアノブがガチャリと音をて、夫の誠が入ってくる。等なチャコールグレーのスーツは酒の匂いにまみれ、ネクタイは無様に緩んでいた。
「……なんだ、まだ起きてたのかよ。気の悪い面して座ってんじゃねえよ」
靴を脱ぎ散らかした誠は、鞄をソファの革張りに投げつけるなり、吐き捨てるように言った。
歳。堅の専商社で営業課を務める誠は、社内では望のある敏腕管理職として通っている。だが、その面の良さは、この玄関の敷居を跨いだ瞬に跡形もなく消える。
「おかえりなさい。お呂、すぐ沸くけれど……何かべる? お腹空いてるなら、お雑炊でも作ろうか」
かな子は努めて穏やかな声を作り、ちがろうとした。しかし、誠はその言葉を遮るように、眉にい皺を刻んで舌打ちを鳴らした。
「はあ? 雑炊だあ? 誰がそんな貧乏くさいもんうかよ。をチンしただけのゴミみたいな飯をわされる俺のにもなってみろってんだ。パートがにいて、まともな煮物つ用できねえのか」
「ごめんなさい。
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でも、今朝は遅くなるから夕飯はいらないって……」
「俺がいつそんなこと言ったんだよ! 証拠あんのか? ああん? 録音でも取ってんのかよ!」
誠はリビングのローテーブルを革靴のつま先でい切り蹴りげた。ガタガタと音をててマグカップが揺れ、え切った麦茶がテーブルに染みを作る。
かな子は唇を噛み締め、両を固く握りしめた。かつてした男の面は、ここには欠片も残っていなかった。
の会いは、誠が勤める会社の総務部だった。当、入社員として配属されたかな子にとって、誠は頼りがいのある優秀な司だった。鋭い差しで部をまとめげ、トラブルが起きれば真っ先に矢面につ。仕事で器用な男——そう信じ込んでいた。
「俺は、かな子の笑った顔を見るのが番好きなんだ。おがんでくれるなら、なんだってする」
交際を始めてからの、誠は絵に描いたような理の恋だった。かな子の誕はヶから名のディナーを予約し、記には必ずのバラの束を抱えて現れた。自分の話をに聞いてくれ、疲れ切った夜には温かいココアを淹れてくれた。
結婚を申し込まれた、かな子はこの世のすべての幸福をに入れたと信じて疑わなかった。だが、その甘やかなは、入籍からわずかヶ、ある「検査結果」
を境に無残な音をてて砕け散ることになる。
きっかけは、結婚にで受けたブライダルチェックだった。
互いに子どもを望んでいた。誠は交際から「男の子がまれたらキャッチボールを教えたい」「女の子なら絶対に悪い虫がつかないように俺が送り迎えする」と、無邪気なのような笑顔で語っていた。かな子自も、温かい庭を築くことを何よりも楽しみにしていた。
だが、学病院の診察で告げられた宣告は残酷だった。
度の排卵障害と卵管閉塞、そして子宮能の全。医師は痛ましそうな表を浮かべながら、「自然妊娠の確率は限りなくゼロにく、度殖医療をっても母体への負担が極めてい」と告げた。
病院からの帰り、夕暮れの駅ベンチで、かな子は泣き崩れた。
「……ごめんなさい。誠君、子どもが欲しいって、あんなに言ってたのに……本当にごめんなさい」
声をつまらせ、震えるで誠のコートの袖を掴んだ。もし別れたいと言われたら、受け入れるしかない。自分と結婚しても、彼が望む未来は与えられないのだから。そう覚悟を決めて俯いていたかな子のに、そっときな掌がねられた。
「何言ってるんだよ、かな子」
顔をげると、誠は優しく微笑んでいた。その瞳には涙さえ滲んでいた。
「俺がしたのは子どもじゃない、かな子なんだぞ。
子どもができないなら、きりで楽しくきていけばいいじゃないか。