"妹が断った牡蠣漁師は、港の社長だった" 第1話
私は、い簾をくぐった瞬に起きた来事に、ただ目を丸くするしかなかった。
静寂に包まれた内で、それまで気よく響いていた包丁の音が、ぴたりと止まったのである。
私は、戸惑いながらも内を見渡した。
派な枚板のカウンターの奥では、この老舗料亭の主が、真っな調理姿のまま、々とをげていた。
周囲にいる若い板たちまでが、斉に背筋をぴんと伸ばし、直の姿勢をとっている。
私は、彼らの線の先を追いかけるようにして、隣につ物を見げた。
皆からをげられているのは、でもない、私の夫である総郎だった。
彼は、すっかり褪せた作業着をにまとい、元には塩を吹いてくなった靴を履いている。
つい先ほどまで、古い軽トラックを運転しながら、ずっと音程のれたを嫌でずさんでいた、あの平凡な男だ。
私は、信じられないものを見るような目で、夫の横顔を見つめた。
『あなた、このおで体何をしているなの?』
声にさず、のでそう問いかける。
夫は、私の線に気づくと、し困ったように眉をげて笑った。
「牡蠣を届けているだけだよ」
彼は、照れ隠しのようにを掻きながら、さな声でそう答えた。
しかし、私はもう気づき始めていた。
妹が「貧乏な漁師なんて絶対に嫌だ」
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と吐き捨てるように拒絶したこの縁談には、私のらないきな秘密が隠されているのだと。
そして、その秘密が、この先、私の35のを根底から変えることになろうとは。
私は、まだそこまでい至ってはいなかった。
私は、自分の過を振り返るように、ゆっくりと息を吐きした。
私の名は、織。
この器用な牡蠣漁師と結婚するまで、私は駅にあるさなで、16ずっと働いていた。
私は、本棚のにつ自分の姿をい浮かべた。
私は、本を読むこと自体よりも、誰かのために本棚を作りげる作業が好きだった。
私がを込めていたきの紹介カードを1枚そっと添えるだけで、半まったくかなかった本が、嘘のように売れていく。
誰にも注目されず、棚の隅でひっそりと眠っていた1冊の本が、それを本当に必としている誰かのに渡っていく。
私は、レジの奥からその景を眺めるのが好きだった。
それは、私のので唯とも言える、ささやかな誇りだった。
けれど、歩のへ入れば、私自が誰かに選ばれることは、決してなかった。
私の脳裏に、るく笑う妹の姿が浮かびがる。
私には、6歳の美咲という妹がいた。
美咲は、昔からるく、誰に対してもが良く、何をやらせても領が良かった。
両親は、そんな妹のをいつも自にっていた。
私は、いつも妹の背を見つめていた。
学先を決めるも、しいを買うも、族で旅にかけるも、優先されるのはいつも妹だった。
父が突然倒れて入院した、私は自分の仕事を休んで、毎病院へ通い詰めた。
母がを空けられないからと、代わりに祖母の介護を引き受けたのも、私だった。
しかし、それが評価されることはなかった。
私は、たいが吹くたびにいす、あるのの来事を振り返った。
私が学5だった、寒いのことだ。
母が、デパートの袋を提げて帰宅し、違いのマフラーを2本、テーブルのに並べた。
それは、鮮やかな赤と、なのマフラーだった。
私は、かそうな赤いマフラーから目をせなかった。
『私が赤を欲しい』
そうにして頼もうとした瞬だった。
私よりも先に、美咲がすばやく赤いマフラーをに取り、自分の首にくるりと巻いてみせた。
母は、それを見て満そうに微笑み、私の方を向いた。
「お姉ちゃんは落ち着いているから、が似うわよ」
母のその無造作な言で、すべてが決まった。
私は、テーブルに残されたのマフラーを、黙って見つめるしかなかった。
結局、私はそののマフラーを、学になるまでの3、ずっと使い続けた。
私は、自分のを押し殺すように、目を伏せた。
『欲しい』とにさなければ、誰かに断られて傷つくこともない。