"母の還暦祝いで家を奪おうとした夫" 第19話
佐藤さんのっぽいヘーゼルナッツコーヒーの匂いも分かる。
器用な冗談で笑うことだってできる。
それはとてもなことだった。
裏切られた、は自分のにはもうその事件しか残っていないとい込みがちだ。
でも、そんなことはないのだ。
曜の夜。
誕会の、レオは遅く帰ってきた。
酒の匂いを漂わせ、ソファに座って眉を揉んでいた。
私は彼にを差しした。
彼が顔をげ、突然言った。
「ゆか、もうやめよう」
彼は懇願するように言った。
「は穏やかに過ごそう。いいだろう?」
その声は本当に疲れ切っているようだった。
ほんの瞬、結婚したばかりの頃の、貧しいけれど真面目で器用だった彼の姿がなった。
胸の奥がちくりと痛んだ。
でもそれは、ほんの秒だけだった。
彼のスマートフォンがり、画面にメッセージが浮かびがった。
『まゆの:必ず結果をしてよね』
私はそれを見た。
そして彼も、私が見たことに気づいた。
リビングのるい照ので、私たちのにはもう隠れられるすらなくなっていた。
レオは慌ててスマートフォンを伏せ、顔面を蒼にした。
私はを入れたコップを彼のに置いた。
「焦らなくていいわ」
私はたく言った。
「、帳簿はつずつきっちりと精算しましょう」
誕会の当の朝。
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私はホテルには直せず、母のに向かった。
古い団の階段には、いつもと同じ匂いが染みついている。
剥がれた壁の匂い、隣のの煮物の匂い、そして誰かがきちんと絞らなかったモップの乾きの匂い。
私は柔らかい靴が入った箱を提げて、階段を登った。
階まではしたさではないが、階の踊りでしち止まった。
疲れたわけではない。
レオの「階かな?」という言葉をふといしたのだ。
彼は何度もここに来た。
おかずを届け、球を変え、お米を運び、その度にチラシが貼られたこの階段の踊りを通り過ぎてきたはずだ。
なのに、彼は覚えていなかった。
彼がここに来る、その目は決して階段など見ていなかったからだ。
母がドアをけた。
髪は綺麗にとかされ、あの緑のジャケットを着ていた。
私を見ると、すぐにに引き入れた。
彼女は驚いたように言った。
「どうしたの?ホテルで待ちわせじゃなかった?」
母は急いで準備をめていた。
「私も今ようとしてたのに」
部のは綺麗に片付けられ、テーブルにはみかんと品の血圧計の箱が置かれていた。
テレビでは健康番組が流れている。
を着たが、湯の温度はすぎてはいけないと解説している。
母は若い頃、こんなに健康に気を遣うではなかった。
でっかいまな板で鶏肉をぶつ切りにするの包丁の音は、ドラムのビートのようにリズミカルだった。
父がくなってから、母はで必に々を支えてきた。
疲れたとこぼす隙も与えないほどに。
私が結婚して、ようやく肩の荷がりたのだろう。
しずつペースを落とし、湯に入り、代劇を見てツボの研究をするようになった。
私は靴を取りした。
「お母さん、これ履いてみて」
母はソファに座り、文句を言った。
「かったでしょう」
そう言いながらも、嬉しそうにを入れて踏みしめた。
彼女は満そうに言った。
「柔らかいね」
彼女は値段を気にした。
「いくらしたの?」
私は嘘をついた。
「売りだったの」
母は私を睨んだ。
「あんたはいつも売りって言うね」
彼女は呆れたように笑った。
「私が騙されるとでもってるの?」
私は母のにしゃがみ、靴紐をえた。
母のの甲はしむくんでいて、皮膚はカサカサしていた。
見つめているうちに、界が滲んだ。
母が私の肩をポンと叩いた。
「どうしたの?」
私は慌てて涙を隠した。
「ううん。何でもない」
私はうつむいたまま答えた。
母は優しく言った。
「昔から嘘をつくは目をわせない子だね」
私は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
母はそれ以追及せず、ちがってキッチンに向かった。
「お汁、お椀に入れてあげる」
彼女はし照れくさそうに言った。
「昨の夜、し焦がしちゃったけど」
鍋の蓋をけると、甘い匂いと緒に微かに焦げたりが漂ってきた。