"棺の中の男を、夫は知らない" 第18話
「な……何を言っているの!? あんた、母親を捨てる気!? 男があんなに方をして、あんたまで私を捨てるっていうの!?」 澄子がヒステリックに叫び、ちがろうとした。
「捨てはしない」 浩平は徹に言い放った。 そして、座卓ののもう枚の類——父の公正証遺言を掲げた。
「父さんは、すべてを見越していたよ。兄貴が先にんだ、このと建物の権利はすべて信託に委託され、母さんの齢者施設への入所費用と終医療費に充てられることになっている。俺への直接相続は禁止されているんだ」
「遺言……? お父さんが……?」 澄子の顔が、今度こそ完全に崩壊した。
「母さん、あんたはで暮らすにはが病みすぎている。誰かを支配し、誰かに寄しなければきられない。だから……専のケアを受けられる施設に入ってもらう。続きはすべて弁護士と信託を通してめる。費用はこのを売却したで賄える。法な扶養義務は果たすが……俺がここに来ることは、もう度とない」
「嫌よ! そんなの認めないわよ! ここは私のよ! 浩平、かないで! お願いだから私をにしないで!!」
澄子は畳をい、浩平の喪のズボンの裾にしがみついた。 かつてあれほど誇らしげだった未の仮面は完全に剥がれ落ち、そこにはただ、孤独を恐れて喚き散らす、れな老女の姿しかなかった。
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だが、浩平のは歩も揺らがなかった。 彼は静かにを引いて澄子のをすと、々とをげた。
「……さようなら、母さん」
その言葉は、続いた親子の呪縛を断ち切る、決定な撃だった。
その、玄関の引き戸がき、案内された材の男性が恐る恐る仏を覗き込んだ。 「あの……佐伯達也様のご遺骨のお引き取りに伺ったのですが……」
澄子がハッとして顔をげた。 「材さん! くその骨を持っていって! 摩の無縁塚へ……!」
「いいえ」
浩平が遮った。 彼は股で仏壇の脇へ歩み寄ると、の台座のに置かれていたい骨壺を、両で優しく、だが決してさないさで抱きげた。
胸に抱いた骨壺は、驚くほど軽かった。 の苦悩と、弟へのい祈りが詰まったそのみは、浩平の腕ので静かに温もりを放っているようだった。
浩平は材の男性に向き直り、澄んだ声で告げた。
「無縁塚への祀はキャンセルします。兄の骨は、佐伯の先祖代々の本墓に納骨します。墓には、男として『佐伯達也』の名を刻んでください。費用の請求は、すべて施主である俺に回してください」
「ちょ、ちょっと浩平くん!」 叔父のが慌ててちがった。 「本墓に入れるとなると、いろいろと続きや親族のが……」
浩平は振り返り、集まった親族たち全員を静かに見渡した。
「なら、今ここで取らせていただきます。……兄貴をこのの墓に入れることに、反対される方はいますか? もしいるなら、兄貴が遺したこの通帳と、こののにて、正々堂々と理由を述べてください」
仏は、を打ったように静まり返った。 誰もをかなかった。 先ほどまで澄子に同調していた親戚たちは、皆様に線を落とし、さく首を横に振るだけだった。
「……決まりましたね」
浩平は骨壺を胸に抱き直した。 そして、私に向かって優しく頷いた。
「こう、ゆみ」
「ええ」
私たちは、取り乱して泣き叫ぶ澄子の声を背に残し、仏をにした。 玄関をると、え切ったのが照った頬を撫でた。 をる瞬、浩平は度だけを止め、あの柊の垣を見つめた。 そして、さく息を吐きすと、度とろを振り返ることなく、歩き始めた。
それからヶ。
季節は巡り、武蔵野の々が赤や黄にづき始めたの彼岸のことだった。
平にある佐伯の霊園は、澄み渡ったれの、穏やかな差しに包まれていた。 墓には、鮮やかなリンドウとい菊が供えられ、線の青い煙がまっすぐに空へとちっている。
しく磨き直された墓の側面に、く、力い文字が刻まれていた。
『佐伯達也 享』
その文字は、もう誰からも隠されることなく、のを浴びて誇らしげに輝いていた。
義母の澄子は、初の頃に吉祥寺の実を売却し、調布にあるいケアの受けられる料老ホームへと移りんでいた。