"棺の中の男を、夫は知らない" 第13話
君が結婚してをるということは、お母さんにとって自分の半をもぎ取られるような恐怖だったんだ」
「母さんが……俺を……」
「お母さんはね、君を縛り付けるためなら、本当に命を絶ちかねない精神状態だった。そして、それを最も正確に理解していたのが、達也くんだ」
野医師は、机の引きしの奥から、分いカルテの束を取りした。 そのに挟まれていた、黄ばんだ通の便箋を取りす。
「、お父さんがくなる週だ。達也くんがでここに来た。そして、私にこのを預けていったんだ。『もし自分が消えた、浩平が精神に潰れそうになったら、これを見せてやってほしい』とね」
浩平のが震えた。 野医師から渡された便箋。 そこには、達也さんの几帳面で力い跡が並んでいた。
私は浩平の肩を抱き、でその文字を目で追った。
『野先へ。 勝なお願いをお許しください。 父の命がくないことは理解しています。そして、父がいなくなった、母の病な刃がすべて浩平に向かうことも分かっています。
浩平は優しすぎます。誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選ぶ男です。 もしあのに浩平と母のだけが残されれば、母は際限のない罪悪で浩平を締め殺すでしょう。浩平は結婚もできず、母の介護という名の呪縛のでを終えることになります。
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母の憎悪には、巨な排が必です。 その受け皿になれるのは、男である私しかいません。
私が『恩らずの悪』になり、財産を狙って逃げした者としてをれば、親戚の非難も、世の同も、すべて母の方になります。 そして母は、自分を捨てた私を憎むことに全エネルギーを注ぎ、残された浩平を『自分を救ってくれる唯の優しい息子』として神格化するはずです。 憎しみの対象がにいれば、母は浩平を元に置きながらも、浩平がで庭を持つことを——自分を支えさせるための提として——許さざるを得なくなります。
浩平を自由にする方法は、これしかありません。
浩平には絶対に言わないでください。あいつが真相をれば、自分を責めて、私の選択を無駄にしてしまう。 ただ、もし浩平が母の圧に耐えかねて壊れそうになっただけ、伝えてやってください。
おは何も悪くない。だけを向いて、自分の庭を築け、と。
佐伯達也』
「……あ」
浩平のから、空気が抜けるような音が漏れた。 便箋のに、粒の涙がポタポタと落ち、青いインクを滲ませていく。
「兄貴……兄貴、お……何やってんだよ……!」
浩平は便箋を胸に押し当て、院のソファーので丸まり、声を殺して泣いた。 それは、自分を縛り付けていた鎖が、実は兄の血で塗られた防波堤だったとった男の、魂の慟哭だった。
兄は、逃げたのではなかった。 自らにび込み、化け物の姿をしてをてったのだ。 母という名の底なし沼から、弟を岸辺へ突きばすために。 弟が罪悪を持たずに結婚できるように、全類を敵に回すような『悪役』のシナリオを、たったで演じ切ったのだ。
「……達也くんはね」 野医師が、静かに言った。 「私にを渡した、こう言っていたよ。『浩平が笑って暮らしているなら、俺のの半分は成功したようなものです』とね」
胸が張り裂けそうだった。 私は浩平の震える背を抱きしめながら、涙を止めることができなかった。 なんて器用で、なんて残酷なだろう。 のために自分の尊厳をすべて捨て、名を汚され、暗い畳半での涯を閉じるなんて。 そんな犠牲が、この世にあっていいはずがない。
「先」 私は涙を拭い、医師を見つめた。 「お義父さんは……このことをっていたのですか?」
野医師は、く頷いた。
「お父さんは、すべてっていた。だが、体がかず、達也くんを止めることができなかった。だからこそ……お父さんはぬ際、浩平くんに『兄貴を餓させるな』と言ったんだ。達也がすべてを捨ててびしたことをっていたから、せめて命だけは繋いでくれと……それが、父親としての精杯の祈りだったんだろう」
野医師は、カルテの束の底から、もう枚の類を取りした。