"棺の中の男を、夫は知らない" 第10話
澄子は駆け寄り、浩平の腕を両で掴んで激しく揺さぶった。 い檀の線の匂いと、濃すぎるの匂いが混ざりい、の奥を突き刺す。
「親戚の皆様がどれだけ呆れていたか、あんた分かっているの!? 『浩平くんも兄貴と同じで、母親を捨てる気配があるんじゃないか』って、みんなにろ指を指されたのよ! 私は恥ずかしくて、顔からがるかとったわ!」
澄子の爪が、浩平の喪の袖にい込む。 いつもの浩平なら、ここで青ざめて「ごめん、母さん」とをげていただろう。 だが、今の浩平は違った。 腕を掴まれたまま、ただ空虚な瞳で母親の顔を見つめていた。その瞳には、恐怖ではなく、底れない絶望のが澱のように沈んでいた。
「母さん……」 浩平の乾いた唇から、掠れた声が漏れた。 「兄貴の……部へってきた」
澄子のきが、ピタリと止まった。
その顔から、さっと血の気が引いていくのが見えた。 掴んでいた浩平の腕から、瞬だけ力が抜ける。 しかし次の瞬、澄子の顔は信じられないほどの激に歪んだ。
「ったの!? あんた、あの潔なゴミ溜めにったの!? あれほどくなと言ったのに!」
「ゴミ溜めなんかじゃなかった」 私が割って入った。 鍵をけ、自宅の玄関ドアを押しけながら、澄子のにち塞がった。
「物が何もない、え切った畳半でした。
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でも、お義兄さんはそこで、自分の命を削りながら、浩平のために百万円ものおを貯めていたわ。そして毎朝、お義母さんが起きるに実へき、庭の入れをして、湿布を届けていた」
「だ、黙りなさい!」
澄子はヒステリックに叫び、のまま玄関のたたきへと踏み込んできた。
「あんた何なの!? のくせに、こののことにいちいちしして! あの子が何を企んでいたかったこっちゃないわ! 全部、私への当てつけよ! あの子は昔から険で、そうやって私を悪者にするような真似ばかりしていたのよ!」
「母さん、入るな」
く、押し殺した声が響いた。 浩平だった。
彼は庫を抱えたまま、でがろうとする母親のにちはだかった。 、度も母親に逆らったことのなかった男が、初めてその体で母親の侵入を拒んだのだ。
「浩平……? あんた、母親に向かって何てを利くの」
「靴を脱げよ。ここは、俺とゆみのだ」
浩平の声は震えていた。だが、その底には決して譲らないたさがあった。 澄子は息を呑み、信じられないものを見るように息子を見つめた。 やがて、忌々しそうにハイヒールを脱ぎ捨てると、リビングへとずかずかとがり込み、ソファーの央にく腰をろした。
「喉が渇いたわ。お茶を淹れなさい」
澄子は命令するように顎をしゃくった。
私を完全に召使いとして扱う態度。 私は無言でキッチンへき、ガラスのコップにたい麦茶を注いでリビングのローテーブルに置いた。
澄子はそのコップに指本触れようとせず、腕を組んで浩平を睨みつけた。
「さっさと通帳をしなさい」
「……何?」 浩平がち尽くしたまま尋ねた。
「百万あるんでしょう? あの部にあった通帳よ。あれは元々、佐伯のおよ! 達也が勝に持ちしたおに決まっているわ。親の遺産を棒して隠していたのよ! 浩平、あんたの名義になっていたとしても、元は私のものよ。今すぐ私に渡しなさい!」
息が止まりそうになった。 は、ここまで醜くなれるのか。 実の息子が、飢えと寒さに耐えながら、命を削って残した通帳のをった直に、そのを寄越せと求しているのだ。 そこには、んだ男への欠片の悼も、自責のもなかった。 あるのは、ただ剥きしの欲と、自分以のへの侮蔑だけだった。
浩平の体が、りでカタカタと震え始めた。
「……あれは、兄貴が働いて貯めただ。雇いの倉庫と、夜のビル清掃で……もやしばかりべて、エアコンもつけないで……兄貴がぬいで貯めたなんだぞ!!」
浩平の号がリビングに響き渡った。 澄子はビクッと肩をねさせたが、すぐに唇を吊りげ、嘲笑うような表を作った。
「それがどうしたっていうのよ! あの子が勝にやったことじゃない! 親を捨てた罪滅ぼしのつもりかしらね? 笑わせないでよ、そんな端で私のが償えるとでもっているの!? あんたがそんなものを受け取る筋いはないわ! 私がお腹を痛めて産んでやったんだから、あの子のものは全部私のものよ!」