"棺の中の男を、夫は知らない" 第9話
の漏れが差し込む教会の庭。 ウェディングドレスを着た私と、緊張した面持ちでタキシードを着た浩平が、親族に囲まれて鐘を鳴らしている姿が写っていた。
アングルは、教会の敷の。 を挟んだ向かい側の、いツツジの植え込みの隙から、望レンズで隠し撮りされたものだった。 の葉のがレンズのに被り、緑の滲みができている。
その植え込みのにしゃがみ込み、息を殺してシャッターを切る、作業着姿の達也さんの姿が、痛いほど鮮に脳裏に浮かびがった。
浩平が、写真を裏返した。
い裏面に、万の掠れた青いインクで、たっただけ、文字が記されていた。
『浩平、振り返るな。』
その文字を見た瞬、浩平のから、もはやのものとはえない絶叫がほとばしった。
「うわああああっ! 兄貴っ……! 兄貴ィィッ!!」
浩平は写真を胸に抱きしめ、狭い部の畳を転がり回るようにして泣き狂った。 涙とが彼の顔を覆い、喉が裂けんばかりの慟哭が、畳半の壁を震わせた。
『振り返るな』
それは、呪いではなかった。 祝福だった。 そして、この獄のような族から、弟だけを逃がすための、最の命令だった。
兄はっていたのだ。 自分が悪者になり、を被り、弟に憎まれることでしか、弟はこのから脱できないということを。
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もし弟がしでもろを振り返り、兄の犠牲に気づいてしまえば、弟は優しさと罪悪に押し潰され、あの母親の贄としてを終えることになる。 だから兄は、自ら『酷な裏切り者』という仮面を被り、弟の界から永に消えることを選んだのだ。
「……浩平」
私は、泣き叫ぶ夫の肩を抱きしめた。 私の目からも、い涙がポロポロと畳のにこぼれ落ちていた。
悔しかった。 あまりにも残酷で、あまりにも優しすぎる。 なぜ、このがななければならなかったのか。 なぜ、こんなにいを持ったが、誰にも取られず、たい布団のでで息を引き取らなければならなかったのか。
その、浩平のポケットので、再びスマートフォンがけたたましく震え始めた。
ブブブ、ブブブ、ブブブ。
静寂を取り戻しかけた部に、械なバイブレーションが酷に響く。 浩平が震えるでポケットから端末を取りした。
画面にる、文字。
『母さん』
その文字を見た瞬、私の胸の奥で、しみを遥かに超える、氷のようにたく鋭いりが音をてて結晶化した。
この男を殺したのは、病気じゃない。 この部の主を畳半に閉じ込め、息を潜めさせ、歳の若さで命を削り取った本当の怪物は——。
「なくていい、浩平」
私は夫のスマホを取りげ、源ボタンを押しして画面を暗転させた。
夕暮れのたいが、窓ガラスを通して部の隅を赤く染めていた。 庫のの写真の裏で、『振り返るな』という達也さんの掠れた文字が、まるで消えることのない血痕のように、静かに息づいていた。
荻窪の古いアパートをたとき、はすでに夜のたいに沈んでいた。
助席の浩平は、膝のに達也さんの提げ庫を抱きしめたまま、言も発しなかった。 その指先はく張り、刻みに痙攣を繰り返している。 、兄の悪をにするたびに自分を守ってきたい殻が、内側から音をてて々に砕け散ったの姿だった。
吉祥寺の実には寄らず、私たちは杉並にある自分たちのマンションへ戻った。
だが、エントランスの自ドアをくぐり、エレベーターをりた瞬、私のが止まった。 自宅の玄関のに、黒いがっていたからだ。
「……浩平」
暗い共用廊の非常灯の、喪のに派なカシミヤのストールを羽織った義母、澄子がっていた。 にはきな級ブランドのハンドバッグを提げ、元には乱暴に脱ぎ散らかされたように置かれた袋。 その顔はりと、病な焦燥で気に変していた。
「お義母さん……どうしてここに」
私の声に、澄子はぎろりと血った目を向けた。 だが、その線はすぐに私を通り越し、私の背で幽鬼のようにち尽くす浩平へと突き刺さった。
「浩平! どこへっていたの! 話にもないで! 私の精落としをすっぽかして、こんな女とで何をしていたのよ!」