"棺の中の男を、夫は知らない" 第8話
「母さんの……スケジュール……?」
「それだけじゃないわ。ゴミ収集のまでいてある。吉祥寺の……お義母さんののゴミのよ」
「え……?」
その、け放たれた窓のから、階の百の主の声が聞こえてきた。 軽トラックから段ボールをろす音が響く、の老婆がいしたように窓のを指差した。
「ああ、そういえば……階の百のさんも言ってたよ。達也さんはね、毎朝半、倉庫の夜勤が終わると、いつも決まった方向に歩いて散歩にってたって」
「散歩……?」
「そうさ。吉祥寺のほうへね。さんが度、『こんな朝くからどこへくんだ』って聞いたら、達也さんは照れくさそうに笑ってね。『実の庭のが伸び放題になってると、母の膝に障るから、しだけ枝を落としにくだけです』って言ってたそうだよ」
を鈍器で殴られたような衝撃が、私を襲った。
義母の言葉が、脳裏に蘇る。 『最、所の親切なが、朝に庭の柊の垣を刈り込んでくれるのよ』 『玄関のドアノブにね、々、私がんでる関節痛のお茶と湿布が袋に入れて掛けてあるの。誰だからないけれど、浩平の親孝がご所にも評判だから、皆様が私を労わってくださるのね』
澄子は、それを自げに親戚じゅうに話していた。 自分の息子がいかに派で、その母親である自分がどれほど周囲にされているかの証拠として。
広告
違う。 所の親切ななどではなかった。
毎朝、夜勤でボロボロになった体を引きずり、母が起きすの暗いを見計らって、庭の垣をえていた男がいたのだ。 扉に触れることすら許されず、棒のように息を潜め、母の用する湿布をドアノブに掛けてちっていた男がいたのだ。
「あ……あああ……!」
浩平がを抱え、に崩れ落ちた。 全を痙攣させ、喉をかきむしるようにして泣き叫ぶ。
「兄貴……! 兄貴、あんた……ずっとそこにいたのかよ……! 俺たちのすぐそばに……ずっといたのかよ……!!」
浩平の慟哭は、悔という言葉では到底追いつかない、魂の引き裂かれる音だった。
彼は守られていたのだ。 「母を支える派な孝息子」という全な温ので、賞賛を浴びながら。 その温のすぐ側で、と寒さにまみれ、すべてを奪われた兄が、で見張りを続けていたこともらずに。
私は、奥の押し入れにづいた。 襖をけると、段に古びた茶の毛布が枚だけ残されていた。 その毛布を持ちげた、奥の暗がりに、さな角いがあるのに気がついた。
のひらよりも回りきな、古い提げ庫だった。 表面の青い塗装は傷だらけで、錆が浮いている。 鍵穴の横には、桁のダイヤル錠がついていた。
「浩平、これ……」
私が庫を座卓に運ぶと、浩平は涙を拭い、震える指で庫に触れた。
「番号……わかる?」私が尋ねると、浩平は茫然としたまま、カチ、カチとダイヤルを回した。
彼がわせた番号は——『・〇・』。 浩平の誕、だった。
カチャリと、乾いた属音がして、蓋がわずかに浮きがった。
庫のに、札束や遺言のようなものは入っていなかった。 底に敷かれた褪せたビロードの布のに、たったつのものだけが、丁寧に置かれていた。
い封筒だった。 端のほうが垢で汚れ、何度も、何千回も指でなぞられたように、の縁がく毛羽っている。
封筒の表には、達也さんの几帳面な字で、宛名がかれていた。
『佐伯浩平様 ゆみ様』
の、私と浩平の結婚式の招待状だった。
浩平の呼吸が止まった。 彼は震えるで封筒を持ちげ、を引きした。
から滑り落ちてきたのは、枚の片だった。
枚は、さくい、の乗券。 の、。 私たちが軽井沢のさな教会で、親族だけで結婚式を挙げたの付が印字されていた。
『荻窪 → 軽井沢』 そしてもう枚、同の夜の『軽井沢 → 荻窪』の往復切符。
兄は、あの所に来ていたのだ。 招待状を返送することすら許されず、式への席を親族全員から拒絶されていたはずの兄が、央線と幹線を乗り継ぎ、軽井沢の奥までを運んでいた。
そして、もう枚の片。
それは、庭用のプリンターで印刷された、粗い画質のカラー写真だった。