"棺の中の男を、夫は知らない" 第3話
私の記憶のに、このの夫の異様な姿が蘇る。
兄の訃報が警察から届いた夜。 浩平は受話器を握ったまま、度も叫ばず、涙も流さなかった。 ただ、台所のに崩れ落ち、喉の奥から「あ、あ」と空気が漏れるような音をてていただけだった。 私が救急を呼ぼうとすると、彼は私の首をあざができるほどく掴み、「違う、丈夫だ、母さんには言うな」と狂ったように繰り返した。
その夜から、彼は眠れなくなった。 夜、寝を抜けして斎に籠もり、何も暗ので座り込んでいた。 私がドアの隙から覗くと、彼は引きしからしたの細を見つめながら、爪を噛んでいた。 ボロボロになるまで指先を噛み、血が滲んでもやめなかった。
「……父さんなんだ」
に、浩平のから、掠れた声がこぼれ落ちた。
澄子の切り声がピタリと止まった。 親戚たちも、息を呑んで浩平を見つめた。
「何ですって?」 私が問うと、浩平はゆっくりと顔をげた。 その瞳には、絶望と、分の澱のような疲労が沈んでいた。
「……父さんが病院のベッドで、息を引き取る直だった。母さんが病をして、きりになった……父さんが俺のを握って、言ったんだ」
浩平の喉仏が、きくした。
『浩平、達也を……兄貴を餓させるな』
それだけだった、と浩平は言った。
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「父さんはそれ以のことは何も言わなかった。なぜ兄貴がてったのかも、どこにいるのかも教えてくれなかった。ただ、兄貴名義の座番号がかれた切れを俺のポケットに押し込んで……そのままくなった」
「お父さんが……?」 澄子が信じられないというように眉をひそめた。 「あのがそんなことを……? 嘘よ、あのだって、あの子の勝な振るいにり狂っていたはずよ!」
「ってなんていなかった!」 浩平が、初めて声を荒らげた。 その声のきさに、澄子がビクッと肩をねさせた。
「父さんは泣いてたんだよ! 母さんがいない、ずっと泣いてたんだ! 俺にはわけが分からなかった……兄貴は突然荷物をまとめててって、連絡も拒絶して……母さんは『達也に捨てられた』って毎泣き叫んで……俺はどうすればいいか分からなかった!」
浩平の目から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。 黒いネクタイのに、染みが広がっていく。
「だから……父さんの言いつけ通り、毎振り込んだんだ。万円あれば、最悪の状況でも飢えにはしないとって……。でも、すぐに全額戻ってきた。次のも、その次のも……。俺は怖かったんだよ!」
浩平は両で顔を覆った。
「受け取ってくれないってことは、兄貴が俺たちを本気で拒絶している証拠だとった。もしこれ以踏み込んで、本当の居所を突き止めて会いにったら……兄貴のから、取り返しのつかない決定な言葉を聞かされるんじゃないかって……それが怖くて、俺はただ、械みたいにを振り込み続けるしかなかったんだ!」
痛々しい告だった。 、誰にも言えず、で抱え込んできた恐怖と罪悪。 親戚たちは言葉を失い、静まり返っていた。 澄子だけが、納得のいかない顔で「そんなの、達也の嫌がらせに決まってるじゃないの」と満げに呟いたが、その声には先ほどまでの勢いはなかった。
しかし、私の胸の奥の違は、消えるどころか、さらに鋭く尖っていった。
何かが根本におかしい。
もし達也さんが、族への憎しみや当てつけでを送り返していたのだとしたら、なぜ座自体を解約しなかったのか。 座をかしたまま、毎届く弟からの送を、ただ無言で突き返し続ける。 それは拒絶というよりも、まるで——。
「ご遺族の皆様、申し訳ございません」
式の方から、控えめだが毅然とした声が割り込んできた。 振り返ると、喪を着た式責任者と、なグレーのスーツを着た見らぬの男がっていた。 男の胸元には、警察関係者であることを示すさなバッジがっていた。
「佐伯浩平様でいらっしゃいますでしょうか。荻窪署の活全課の者です。棺のにお渡ししなければならない、故の回り品と賃貸物件の引き払い類がございまして」
親族たちがざわめいた。