"妹のドレスを二十センチ切った" 第1話
裁ち鋏の刃が、質なシルクを噛み切る音は、驚くほどく、鈍かった。
ジャキッ、ジャキッ。
夜。 築のマンションの畳半のリビングは、シンと静まり返っていた。 面に敷き詰めた真っな保護用シーツのに、数かかけて仕てられた特注のウェディングドレスが横たわっている。 最級のミカドシルク。何にもねられた繊細なチュールレース。胸元から裾にかけて散りばめられた、職の刺繍による淡パール。
その豪奢なの塊に、私は無で刃を入れ続けていた。
「……お姉ちゃん?」
廊の暗がりから、掠れた声がした。 喉が渇いてをみに起きてきた妹の美玖が、壁にを突き、信じられないものを見る目でち尽くしていた。
私はを止めなかった。 最の太刀を入れ、切り落とされた帯状の布が、シーツのにハラリと落ちる。 切りから弾けんだ数粒のさな真珠が、フローリングのをカラカラと乾いた音をてて転がった。
「なにしてるの……? 嘘でしょ……?」
美玖のがもつれ、リビングの真んへとなだれ込んでくる。 に散らばった布の残骸と、私がにした量のある鋼の裁ち鋏を、美玖の瞳が交互に捉えた。 血の気が引いていくのが、暗い常夜灯のかり越しにも分かった。
「お母さん! お母さん、起きて! 嘘、嘘嘘嘘!」
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喉を裂くような美玖の絶叫が、狭いに霊した。 次の瞬、奥のの襖が乱暴にき、寝着姿の母が血相を変えてびしてきた。
「どうしたの美玖?! 何があったの!」
「ドレスが……私のドレスが……!」
にへたり込み、切り落とされた布を抱きしめて過呼吸のように肩を震わせる美玖。 そして、その横で鋏を握ったままややかにち尽くす私。
その景を目にした母の顔が、恐怖から瞬で沸騰するような憤へと染まった。 音荒く詰め寄ってきた母のが、容赦なく振り抜かれる。
――パァン!
乾いた破裂音が、夜の空気を引き裂いた。 私の頬が激しくねがり、界がくスパークした。 のに、じわりと鉄のが広がる。
「あんた……! 自分が何をしたか分かってるの?!」
母の声はりと恐怖で擦り、肩で激しく息をしていた。 母の掌は真っ赤に腫れがり、なおも私を殴りつけようと震えている。
「よ?! あと数で健さんのご族が迎えに来るのよ?! 何百万かけてあちらのお義母様が用してくださった特注品なのよ! それを……それを切り刻むなんて、正気なの?!」
私は腫れ始めた頬を触りもせず、ただ静かにを見ろしていた。 母の罵倒は止まらない。
「嫉妬ね。そうでしょう?! あんたがもうすぐになっても定職も結婚もパッとしないから、妹が流企業のご男に嫁ぐのが妬ましくてたまらなかったんでしょう?! 昔からそうよ、あんたはいつもげがなくて、美玖が褒められると気な顔をして……! この悪魔! のがないの?!」
「お母さん、もういい」
私はく、掠れた声で言った。 そして、のでくたくなっていた裁ち鋏を、ガラステーブルのにカチャリと置いた。
「言い訳はしない。私が切った」
「あんた……!」
「でも、よく見て」
私は指先で、ハンガーラックに吊るされたままの半部分を示した。
美玖が息を呑み、涙で張り付いた睫毛を震わせながら顔をげた。 母の線も、引き裂かれたドレスへと向く。
切ったのは、頃の裾だけだった。 から約センチ。美玖の脛のほどまでが完全にするさで、平に真っ直ぐ切り落とされている。 方で、ろへと優美に流れるメートルもの豪奢なロングトレーンは、裾のレースのほつれつに至るまで、完全に無傷のまま残されていた。
普通、ドレスをめちゃくちゃに傷つけるなら、胸元を引き裂くか、背のジッパーを壊すか、全体にでもかけるだろう。 だが、このドレスは違った。 だけが異常にく、ろは完璧な純の尾を引いている。 奇妙極まりない、歪なシルエット。
「なんなのよこれ……」 母が愕然と呟いた。 「だけ切って……こんな恥ずかしい格好、にられるわけないじゃない!」
美玖はに散らばった布の端を指先でなぞりながら、ただぼろぼろと涙をこぼしていた。