"目覚めた部下にクビを問われた" 第18話
それを、テーブルのにそっと置いた。
「の朝、翠閣で本社の査問会がかれます。彼らはあなたを呼ぶでしょう。そして、言葉巧みに、あなたの記憶の空を突いて、過失を認めさせようとするはずです」
「私……どうすれば……」 森さんの声が、掠れて漏れた。 「私……何も、いせないのに……何を話せばいいんですか……?」
「何も話さなくていいんです」 私はきっぱりと言った。 「彼らの質問には、ただ言、こう答えてください」
私は彼女の目を見据え、文字文字を刻み込むように言った。
「『私は、覚えていません』と」
森さんが、息を呑んだ。
「覚えていないことを、恥じる必はありません。が用した都のいい記憶に、あなたの言葉をわせる必もありません。分からないものは、分からない。覚えていないものは、覚えていない。そう突っぱねてください」
「でも……そうしたら、支配が……」
「私のことは、気にしないでください」 私は微かに笑ってみせた。、彼女と共に現を乗り越えてきたときに見せていたような、気負いのない笑みだった。 「の私が犯した過ちのツケを、の私に支払わせるだけです。誰の証言もりません。私がいたこのサインひとつで、責任の所はらかですから」
私は歩、ろへがった。 そして、病のドアノブにをかけた。
広告
「森主任」
初めて、の役職ではなく、今の彼女の誇りい肩きで呼んだ。
「あなたは、何も奪われていません。あなたのは、今もこの旅館のすべての客に息づいています。どうか、胸を張っていてください」
私がドアノブを回そうとした、そのだった。
「……坂井支配」
背から、呼び止められた。 怯えの消えた、静かで、芯のある声だった。
振り返ると、森さんがベッドので背筋を伸ばしていた。 その顔はまだ蒼で、額には痛々しい包帯が巻かれていたが―― その瞳の奥に宿っていたのは、さっきまでの怯えた物のではなかった。
彼女は、テーブルのの焦げたシートのコピーと、の稟議を交互に見つめていた。 そして、ゆっくりと私に顔を向けた。
「私には……あなたがどんななのか、やはり分かりません」
「……ええ」
「のあなたは、本当に酷いでした。今でも、あののたい声を聞くと、臓が痛くなります」
「申し訳ありません」
「でも」 森さんは、包帯の巻かれた額にそっとを当て、かすれた声で言った。 「のあなたが、本当にそんなだったのなら……どうして今のあなたは、そんなにボロボロな顔をして、自分から破滅しようとしているんですか」
臓が、ねがった。
「私には、このの記憶はありません。あなたがどんなに変わったのかも、私がなぜあなたを信じるようになったのかも、何ついせません」
彼女の目から、筋の涙が静かに頬を伝った。 だが、その声は度も震えなかった。
「けれど……もし、失われたの私が、あなたと緒に働くことを選んだのだとしたら。……その私には、きっと、そうするだけの理由があったはずです」
息が止まりそうだった。 喉の奥がくなり、界が滲んだ。
記憶は戻っていない。 彼女ののの空は、何つ埋まっていない。 だが彼女は、目のにいる「現の私」のを見て、失われた自分自の選択に、誇りを持とうとしていた。
「……きます」 森さんは、シーツのでぎゅっと拳を握りしめた。 「誰の言いなりにもなりません。私のを、誰にも勝に決めさせません」
「森さん……」
「、お会いしましょう。坂井支配」
彼女は、、数え切れないほどの客を見送ってきたと同じ、完璧な、美しく凛とした礼を私に向けた。
私はくをげ、病をた。
のは、いつのにかりになっていた。 夜のたい空気が、照った私の頬をやしていく。
のには、何も残っていなかった。 位も、名誉も、の査問会ですべて失うだろう。 だが、私の胸の奥には、で度もじたことのない、澄み切った確信が満ちていた。
戦う相は、本社ではない。 の、あの醜悪な私自だ。 そしてその決着をつける所が、の朝、待っている。
翌朝の翠閣は、いに包まれていた。