"目覚めた部下にクビを問われた" 第9話
が泣き叫んだ。 「主任は悪くない! 逃げ遅れたお客様を助けるために、のにび込んで……!」
「私がそんなことするわけないでしょう!!」
病に響き渡る絶叫だった。
「私はクビを宣告されていたのよ! にはてけと言われていたが、どうして命をかけて旅館のために戻るのよ! 誰が信じるの、そんな都のいい話!!」
森さんはを抱え、ベッドので激しく嗚咽し始めた。 その姿は、狂乱などではない。 自分の精神の輪郭が、の語る「美談」によって塗り潰されていくことに対する、魂の拒絶反応だった。
ガラリと、病のドアが乱暴にかれた。
「何をやっているんだ!!」
入ってきたのは、血相を変えた夫の正彦さんだった。 に提げていたコンビニの袋をに投げ捨て、正彦さんは猛然と私に詰め寄ると、私の胸ぐらを掴んで壁際まで突きばした。
「あれほど来るなと言っただろうが! 何をしに来た、坂井!!」
「正彦さん、やめてください!」が叫ぶ。
「うるせえ! おら、あいつを殺す気か!」 正彦さんは私の胸ぐらを掴んだまま、目を血らせて鳴り散らした。 「見ろよ、美のを! 点滴の針が抜けて血がてるじゃねえか! あいつにこれ以、嘘っぱちのいを押し付けんじゃねえ! あいつはな、あんたのその綺麗な顔を見るだけで、息ができなくなるんだよ!!」
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私の背が、病の壁に鈍い音をてて打ちつけられた。 痛みはなかった。ただ、果てしない恥辱と、取り返しのつかない自己嫌悪が、私の胃袋を雑巾のように絞りげていた。
私は、正彦さんのを払うことすらできなかった。
「……申し訳、ありませんでした」 私は絞りすような声で言った。 「私の……独り善がりでした」
「度と来るな」 正彦さんは私を突き放し、荒い息を吐きながら病のドアを指差した。 「警察だろうが本社だろうが、用があるなら俺を通せ。あいつには言も喋らせねえ。なんかいらねえよ。俺の妻を、おらの贄にされてたまるか!」
私はく、くをげた。 に散らばったと写真を拾い集めようとしたの肩に、そっとを置いた。
「ちゃん……こう」
「支配……でも……」
「こう。これ以、ここにいてはいけない」
私たちは、逃げるように病をた。 背で、正彦さんが森さんを抱きしめ、「丈夫だ、もう誰も来ないからな」と声をかける微かな響きが、ドアの向こうへと消えていった。
病院をると、初の温いが吹き抜けた。 正午を過ぎた陽がアスファルトをく照らし、私の目を眩ませた。
駐の隅のベンチに座り込み、は両で顔を覆って泣きじゃくっていた。
「私のせいです……私が、余計なことを言ったから……」
「違うよ、ちゃん」
私はスーツの乱れを直す気力もなく、乾いた声で言った。 「悪いのは君じゃない。私だ。私が自分の罪の識から逃げたくて、君の善を利用したんだ」
私は、膝のに置いた袋を見つめた。
あのの写真に写る森さんの笑顔は、本物だった。 私たちが築きげてきたは、決して偽物ではなかったはずだ。 だが、それは「記憶の連続性」という台のにしか成りたない奇跡だったのだ。
台を失ったに対して、「おは私を信じていたはずだ」と迫ることは、暴力以の何物でもない。 彼女は、自分が持っていない信頼を求され、恐怖のあまり精神を壊しかけていた。
私はもう、彼女にいしてもらおうとしてはならない。 彼女の記憶を取り戻すことで、事態を解決しようとしてはならないのだ。
今の彼女は、の傷ついた森美であり、私は彼女を脅かした敵でしかない。 その残酷な現実を、私は引き受けなければならないのだ。
「支配……」 が、涙に濡れた顔をげた。 「本社のたち、ロビーで怖い顔をして話していました。『森が話せないなら、別の方法で片付ける』って……。あのたち、主任を悪者にする気なんですか?」
私はちがり、スーツの埃を払った。
「そんなことはさせない」
「でも、主任は何も覚えていないんですよ!? あの夜、階で何があったのか、主任自が『自分が何をしたか分からない』って言っているのに、どうやって証するんですか……!」
の痛な問いが、胸に突き刺さる。